アスピリン内服で議論となる腹壁破裂について

低用量アスピリン使用に対して、唯一 胎児リスク上昇の懸念が残る腹壁破裂です。言葉だけ見ると怖く感じてしまう方もいらっしゃるかも知れませんので、どのような奇形なのか、また当院の方針についてお話したいと思います。

まず、アスピリン使用での妊娠初期での使用によって胎児の腹壁破裂が上昇するという論文は解熱鎮痛剤での使用量であり、低用量で必ずしもありません。また論文も2000年以前の5本のcase studyのみ(Martinez-Frias MLら.  Teratology 1997.
TorfsCPら.Teratology 1996. Drongowski RAら. Fetal Diagn Ther 1991.GierupJら.Z Kinderchir 1979. Werler MMら.Teratology 1992)であり、患者背景も様々で決して質が高い論文とは言えません。
現在でも腹壁破裂上昇を否定できないのは2002年のメタアナリシスでこれらの論文が引用されオッズ比 2.37; 95% 信頼区間, 1.44-3.88と示されているからです。(Eran Kozer ら. Am J Obstet Gynecol. 2002.この論文では、その他の合併症とアスピリンの関連は否定しています。)
国内では平成22年度厚生労働科研の竹下班らが日本産婦人科医会異常モニタリングのデータベースを用い1994-2008年の15年間の先天異常報告例のうちアスピリン服用がある症例121例(腹壁破裂症例 2例含む)を他の先天異常データベースと照合しアスピリン特有の先天異常率が上昇しているか調査していますが、特異的な疾患はみとめられていません。

腹壁破裂(gastroschisis)とは、生まれつき、赤ちゃんの腹壁が欠損しており、本来お腹のなかにあるはずの臓器(小腸・胃・結腸・肝臓など)の一部が、そのままお腹の外に脱出している状態で生まれる疾患です。欠損は通常、臍の外側右側におこり、女性より男性に多くなっています。
発生頻度は10万出生に対して7例程度とかなり低頻度であり、母体の若年、喫煙が増加因子と報告されています。正確な原因はわかっていませんが、前腹壁の虚血性損傷(右臍腸間膜動脈の欠損)、前腹壁の離断、右臍静脈の異常退縮による壁の脆弱性などが考えられています。発生時期としては明確にはなっていませんが、妊娠第4週の前腹壁癒合時期での障害と考えられます。
遺伝についてですが、基本は多因子性の発生で散発的に発生すると考えられていましたが、最近では家族発生の報告もあり、腹壁破裂を有する家族での再発リスクは少し上昇する可能性を指摘され始めています。(Torfらの報告では同胞発現率は3.5%)
染色体異常は稀(アメリカでの調査では0.1%程度)であり、腸管以外の合併症が伴うことは少ないと言われています。腸管の回転異常、腸管閉鎖、捻転、梗塞などは20-40%の頻度で合併しますが、腹壁破裂に伴い二次的に起こると考えられています。
妊娠経過ですが、羊水腔へのタンパクの漏出に伴うことが原因と考えられる胎児発育不全が起こることが多くなっています。羊水過少・過多が共に起こり得るようです。
10-15%は子宮内胎児死亡を起こしますが、出生に至る症例では腸管脱出や梗塞の程度によりますが、術後生存率は90-95%となっています。

似た疾患で臍帯ヘルニアがありますが、全く別の疾患です。
臍帯ヘルニアは腹筋、筋膜、皮膚の欠如による腹壁欠損があり、臍帯が腹壁から連続する袋の中に収収まった状態で腹腔内の内容物(腸管など)が、羊水中に浮遊している状態です。こちらは腹壁破裂と異なり、Cantrell五徴症、Beckwith-Wiedemann症候群、13,18,21トリソミーなどの染色体異常と関連している場合があります。

上記を参考にすると、低用量アスピリン用法は腹壁破裂との関連は否定できませんが、非常に低頻度の疾患であり、有益性が上回った場合、適切に使用することが望ましいと考えます。
これらのことから当院では妊娠初期に低用量アスピリン療法は移植時のルーチン内服では行わず、不育症や着床不全で凝固因子の異常を認めた症例にだけ行うように徹底しています。妊娠高血圧予防などに対する低用量アスピリン使用を前提には移植時からは使用しておりません。

~アスピリンに関連するブログ~
妊娠中の低用量アスピリン使用について①
妊娠中の低用量アスピリン使用について②
低用量アスピリン療法は流産を繰り返す人に効果がある?(論文紹介)
EAGeR試験(妊娠前低用量アスピリン療法)とは?
日本での不育症検査・治療の実態(論文紹介)
不育症で血栓性素因を測定する意義(凝固第XII因子活性)
不育症で血栓性素因を測定する意義(プロテインS欠乏症)
反復流産(不育症)の免疫原因と血栓症(その1)
反復流産(不育症)の免疫原因と血栓症(その2)

文責:川井清考(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。

亀田IVFクリニック幕張