不育症で血栓性素因を測定する意義(プロテインS欠乏症)

不育症分野については、「血栓異常について解説して欲しい」とご要望をいただくことがよくあります。
「着床不全の際、なぜ不育症検査の凝固系を測定してくれないのか」
「検査結果を見せる先生によって抗凝固剤(アスピリンやヘパリン)の使用開始時期や中止時期の意見がばらばらです。」
上記のような質問が多いのですが、理由は簡単で抗リン脂質抗体症候群を除いた血栓性素因異常と不育症の関連の根拠が乏しいからです。先日記載した不育症で血栓性素因を測定する意義(第12因子活性)を書きましたが、伝える文章力もないのですが、それほど伝わりづらく、クリアカットにならない分野なのです。

日本産科婦人科学会の診療ガイドライン産科編『CQ204反復・習慣流産患者の取り扱いは?』から先天性血栓素因の記載は2014年以降、外されています。後天性血栓素因の抗リン脂質抗体症候群については不育症で抗凝固薬治療の有効性が証明されており、先天性血栓素因も原因として考えられるだろうと様々な不育症との関連が報告されたのが、凝固第XII因子活性、プロテインC抗原・活性、プロテインS抗原・活性を測定されている経緯となります。細かい機序はわかっていませんが、血栓性素因が胎盤における血流障害を誘発し子宮内胎児死亡を引き起こすと考えられています。
不育症は不妊症以上に一定の見解がまとまっておらず、国内でも活発な議論がなされています。私は名古屋市立大学の杉浦班の見解が根拠に基づき説明されておりますので、いつも参考にさせていただいております。今回のコメントも杉浦先生の著書より解説させていただきます。

①プロテインCとプロテインSとは?

プロテインCは第V因子と第VIII因子を活性低下させる凝固抑制プロテアーゼであり、プロテインSは共因子として活性型プロテインCを制御します。またプロテインSは組織因子経路阻害因子(TFPI)の共因子として第VII因子と第X因子を失活させて外因系凝固反応を阻害します。プロテインC欠乏症とプロテインS欠乏症は深部静脈血栓症の危険因子と言われています。先天性プロテインC およびS欠乏症は日本人では健常人(プロテインC欠乏症: 0.1-0.5%,プロテインS欠乏症: 1-2%)、深部静脈血栓症患者(プロテインC欠乏症: 6.5-9.4%,プロテインS欠乏症: 19-29%)とされています。プロテインS欠乏症は日本人に多いことがわかっています。

②プロテインS欠乏症と不育症との関連

22週以降の死産との関係が認められています。10週未満の反復流産との関係は否定的な意見が多いように思います。測定系が様々あり基準値もばらばらで今までの報告をまとめて議論することが難しく、現時点では不育症とプロテインS欠乏症の関連は一定の見解に行き着いていません。

③プロテインS測定項目と陽性時の治療方針

プロテインS測定項目として抗原量と活性値の二種類あります。
総プロテインS抗原量は酵素免疫測定法(EIA、ELISA)法、遊離型プロテインS抗原量は酵素免疫測定法(EIA、ELISA)法かラテックス凝集法を用いて測定します。遊離型プロテインS活性は凝固時間法(APTT、PT)用いて測定します。それぞれの項目の基準値は明確にさだめられておらず、検査会社推奨の基準値を参考にすることが一般的です。プロテインSはC4b-binding proteinに結合すると共因子の働きを失うため遊離型プロテインSが凝固抑制能をもつとされています。
凝固時間法を用いた遊離型プロテインS活性値は抗リン脂質抗体の影響を受けます。凝固第XII因子活性値と同様にループスアンチコアグラント陽性などの抗リン脂質抗体症候群を拾い出すことも念頭にいれたサロゲートマーカーの可能性も視野にいれ、プロテインS比活性(抗原量/活性)と不育症の関連も研究されていますが有意差をみとめず実用化はされていません。
当院では離型プロテインS抗原量(ラテックス凝集法)、遊離型プロテインS活性(凝固時間法)を採用しています。

現在のところ、プロテインS欠乏症のある不育症女性への抗凝固剤使用(アスピリン単独か、アスピリン+ヘパリン療法か、また妊娠何週まで使用を継続するかなど)による有効性はランダマイズド試験では効果はみとめられておりませんが、症例に応じ抗凝固剤を使用することが一般的となっています。

参考文献:
エビデンスに基づいた不育症・習慣流産の診療 杉浦真弓 金芳堂
日本産科婦人科学会の診療ガイドライン産科編2020

文責:川井(院長)

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