反復流産(不育症)の免疫原因と血栓症(その1)

学術雑誌には原著と別に様々な形で特定のテーマを、その分野の第一人者が紹介してくれるページがあります。今回は「反復流産(不育症)の免疫原因と血栓症」というテーマです。通常、反復着床不全の原因を免疫と血栓症を切り離して議論されることがほとんどですが、このVIEWS AND REVIEWSは関連づけて記載されていて、まさに、その通りだなと感じた次第です。
ただ、内容がマニアックすぎるのでブログのテーマとして適しないかもと思いましたが、よく誤解されがちな内容だけに残しておきたいと思います。

Alecsandru Dら.Fertil Steril. 2021. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2021.01.017.

流産の中には免疫学的な要因によるものもありますが、recurrent pregnancy loss(日本の定義とやや異なりますが、今回は反復流産と記載して解説します。)の正確な原因は明らかになっていません。流産や反復流産は、母体と胎児の免疫バランスの乱れから生じる可能性があります。母体の子宮らせん動脈のリモデリングは、胎児の正常な成長と発育のための重要なステップの1つです。正しい胎盤形成には適切な酸素供給が必要であり、それは適切な血管の変化によって達成されます。胎児は少なくとも父方の抗原を持ち、卵子提供の場合は卵子提供者の抗原を発現するため、妊娠過程では潜在的な免疫学的問題を引き起こします。母体の免疫系は胎児の抗原に積極的に反応しますが、このクロストークがうまくいかないことが、流産や反復流産や妊娠合併症の一因と考えられています。また,血栓症に起因する反復流産は,主に後天性血栓症によるものであり,抗リン脂質抗体症候群を中心にスクリーニングや治療を行う必要があります。

①母体-胎児の接触
免疫系細胞は、着床・妊娠だけでなく、免疫防御にも重要な役割を果たしている。妊娠中、母体の子宮らせん動脈のリモデリングによって起こる生理的変化は 胎児の正常な成長と発達に必要な重要なステップの一つとなっています。胎盤が正常に発育するためには、妊娠first trimesterに胎児の胚栄養膜細胞が脱落膜に浸潤し、胎盤床のらせん状動脈を変化させる必要があります。これにより、胎児の正常な成長と発育を促す酸素と栄養が十分に供給されるようになります。動脈血流が悪くなると、胎児-胎盤間の酸素と栄養が不足してしまいます。その結果、妊娠高血圧腎症、胎児の成長制限などを引き起こす場合があります。反対に胚栄養細胞の子宮への侵入は過度であると癒着胎盤などを引き起こす可能性があります。

胎児組織の母体への侵入は胎児が父方の抗原を持っているため、潜在的な免疫学的問題を引き起こします。臓器移植の場合と同様に、胎盤が母体の免疫系によって「非自己」と認識されると、胎盤が拒絶される可能性がでてきます。

②胚栄養膜細胞とナチュラルキラー細胞
胎児組織の母体への侵入の「非自己」による拒絶反応のリスクという課題に立ち向かうために、生殖の分野ではナチュラルキラー(NK)細胞にフォーカスをされて研究されてきました。
健常な子宮内膜では、後期分泌期(排卵後の7〜9日目)に局所免疫細胞の分布に大きな変化が見られます。子宮NK(uNK)細胞の割合は劇的に増加し、全白血球の70〜80%に達します。一方、マクロファージの割合は30%、T細胞はエストラジオールとプロゲステロンのシグナルに反応して10%にまで減少します。
uNK細胞は、子宮粘膜で増殖・分化します。初潮前や閉経後には存在しません。
uNK細胞が卵巣ホルモン(主にプロゲステロン)に依存していることは、排卵後に増殖活性が大きく上昇することで示されています。この現象は、プロゲステロンに反応して間質細胞からIL15の発現が増加することによって引き起こされると言われています。妊娠期間中、脱落膜におけるuNK細胞の存在は、1st trimesterにピークを迎え、その後は減少する傾向にあります。エストラジオールとプロゲステロンが子宮内膜における特定のケモカインの発現を調節し、その結果、uNKのリクルートに関与している可能性が示唆されています。
着床時期に分化・増殖することに加えて、uNK細胞は妊娠初期に、浸潤した胚栄養膜細胞層のすぐ隣にある脱落膜や、らせん状動脈の周囲に存在します。
胎盤は胚栄養膜細胞(trophectoderm)と呼ばれる細胞塊から発生します。胚栄養膜細胞由来の未分化の栄養膜細胞(cyto-trophoblast)が合胞体性栄養膜層(syncytio-trophoblast)や絨毛外栄養膜細胞層(Extravillous cytotrophoblast:EVT)へと分化していくことで胎盤が形成されますが、この過程は局所の酸素濃度や様々な因子などによって管理されています。
正常妊娠ではEVT細胞の浸潤は妊娠初期には子宮内膜の脱落膜内に止まっていて、妊娠15週頃までには子宮筋層の1/3に達し、子宮螺旋動脈の再構築を行います。これにより十分量の胎児への胎盤血流が保たれるため、EVT細胞の子宮内への浸潤は妊娠の維持に必須の現象であり、この浸潤機構の障害が反復流産や妊娠高血圧腎症などの周産期疾患の発症に深く関わっていると考えられています。妊娠初期には脱落膜に存在する免疫細胞であるuNK(CD56brightCD16-)細胞が、侵入してきたEVT細胞のリガンドに結合できる受容体を持っています。uNK細胞はまた、血管のリモデリングや血管新生に関与するいくつかの因子を分泌するという特徴がありますが、これは着床直後にEVT細胞の侵入が始まると起こる作用と言われています。
uNK細胞は、胚栄養膜細胞の浸潤を制御し、EVT細胞やTreg細胞(FoxP3þTreg)によって誘導される血管リモデリングを促進し、最終的には母体と胎児の免疫寛容を促進します。最近、uNK細胞の3つの異なる集団の存在が明らかになり、母体-胎児の着床の生理機能はさらに複雑さをましています。

③人工的に免疫が過剰になりやすい体外受精妊娠
ART妊娠は、自然妊娠とは異なります。ART患者は1回の移植で2つ以上の胚を受け取ることができ、稀ではありますが、ドナー胚を使用する場合もあります。
ARTでは、2つの胚を移植すると、胚栄養膜細胞ごとに1つ以上の父方のHLA-Cが発現することになります。高齢の女性に増えている卵子提供サイクルでは、ドナー卵子の女性のHLA-Cとの相互作用が、父親のHLA-Cとの相互作用と同様に起こります。最終的には、自然妊娠やART妊娠の場合よりも、母親のKIRに提示される非自己のHLA抗原が多くなります。

④女性免疫の過剰反応
自己免疫疾患(関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、抗リン脂質抗体症候群、全身性硬化症(原発性シェーグレン症候群、炎症性筋炎)など)は、女性と男性の比率が9:1と、主に女性が罹患します。さらに、生殖年齢の間に発症することが多いです。
これらの自己免疫疾患の活動性が低下すると、生殖成績に悪影響を及ぼす可能性があります。自己免疫疾患を安定させ胚移植を予定すれば、妊娠に対するリスクを最小限に抑えることができます。妊娠前の状況把握を綿密に行い、妊娠前の数ヶ月間に厳格な疾患管理を行うことは妊娠経過を良好にする上で大事なことです。
すべての反復流産患者に対する定期的な代謝スクリーニングはまだ推奨されていませんが将来変わる可能性はあります。例えばグルコース代謝のスクリーニングは、妊娠中にすでに含まれています。Conwayらの最近の研究では、肥満の女性、多嚢胞性卵巣症候群の高齢(40歳以上)の痩せた女性、妊娠性糖尿病の既往歴または2型糖尿病の家族歴のある女性に空腹時血糖値検査を行うことが推奨されています。また、2型糖尿病と診断された患者の約5%から14%が、糖尿病関連の自己抗体を持っていると言われています。これらのことから様々な自己抗体との妊娠との関連が研究されてくると思いますが、現在のところ、まだわかっていないことばかりです。

文責:川井清考(院長)

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