不育症で血栓性素因を測定する意義(凝固第XII因子活性)

千葉市でも不育症に対する助成を始めたこともあり、当院にも不育症患者様の相談が増えてきています。その中で血液検査を行うと、「凝固第XII因子活性」だけひっかかる方がいます。実はASRM、ESHRE、アメリカ胸部外科学会などは血栓性素因を不育症患者に臨床的に測定することを勧めていません。また、日本産科婦人科学会の診療ガイドライン産科編でも『CQ204反復・習慣流産患者の取り扱いは?』から血栓素因の記載は2014年以降外されています。不育症の凝固異常検査はルーチン検査のように様々な施設で実施されていますが、本当に解釈が難しく、薬の投与が過剰医療になっていないか、また過小介入となり流産を再度繰り返さないか、日々葛藤があります。
以前何度か不育症の日本の大家である名古屋市立大学に見学に伺わせていただいたことあるのですが、聞けば聞くほどエビデンスはまだまだこれからの分野です。その際、ご指導いただいた杉浦教授の著書を参考に要点だけご紹介させていただこうと思います。

①凝固第XII因子活性と不育症の関係

横断研究が複数本あり、凝固第XII因子活性と不育症の関連性がわかっています(表)。神戸大学では健常妊婦1220人の妊娠初期に凝固第XII因子活性値を測定して妊娠転機をみていますが、34週未満の早産のみとの関連性にとどまりました。

著者ら 反復流産群 健常 対照群 流産回数
Braulkeら 1993 19% (8/43) 0% (0/49) 3回 28週未満
Gris JCら 1997 11% (53/500) 0% (0/150) 3回 16週未満
山田ら 2000 3% (7/241)   2回 22週未満
Pauer HUら 2003 14% (14/100) 0% (0/49) 3回以上
Dendrinos Sら 2014 15% (15/100) 0% (0/100) 2回以上
Ozgu-Erdinc ASら 2014 7% (93/1257) 0% (0/1025) 2/3回

②日本人の凝固第XII因子活性値

凝固第XII因子は遺伝子型がCC、CT、TTとあり、日本では凝固第XII因子活性が低い遺伝子型Tを持っている人が多いことが知られています。ただ、CC、CT、TTともに健常人100名と不育症患者262名の間で凝固第XII因子活性値に差がないことがわかっています。国内の報告ではCT遺伝子型をもっている女性が不育症である傾向にありましたが、オーストラリアの報告では不育症との関連は否定的で、国内での報告でも次に妊娠した場合も出産率も変わらないという結論になりました。

③なぜ測定するのか。

凝固第XII因子活性値はループスアンチコアグラント陽性の場合、低くでます。ループスアンチコアグラント陽性を拾い出すことも念頭にいれたサロゲートマーカーであることが一番大きな理由だと考えています。ループスアンチコアグラントは希釈ラッセル蛇毒時間法とリン脂質中和法の二種類がありましたが、現在一社が国内の取り扱いを中断したため片方の測定法でしか検査できません。凝固第XII因子に対する自己抗体の関与を示唆する報告もあり、今後ループスアンチコアグラントをしっかり評価できる条件が整えば凝固第XII因子活性値の不育症との直接の関連性もわかるのでしょうが、現在のところは過去の報告と患者様の状況を照らし合わせてどこまで抗凝固剤(アスピリン単独か、アスピリン+ヘパリン療法か、また妊娠何週まで使用を継続するかなど)を使用するか患者ごとにご相談させていただいています。

参考文献:
エビデンスに基づいた不育症・習慣流産の診療 杉浦真弓 金芳堂
日本産科婦人科学会の診療ガイドライン産科編2020
Asano Eら、PLoS One. 2014 DOI: 10.1371/journal.pone.0114452.

文責:川井(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。