睡眠と精液検査② (論文紹介)
Q.睡眠は精液所見に影響しますか?
A.「睡眠の質」は精液所見に影響します
≪今回ご紹介する論文≫
睡眠の質と精液パラメータおよび性ホルモンの関連性.
Association Between Sleep Quality and Semen Parameters and Reproductive Hormones: A Cross-Sectional Study in Zhejiang, China
Nat Sci Sleep. 2020 Jan 9;12:11-18. PMID: 32021520
健康的な睡眠は、「質」のよい一日にするための第一歩です。当施設での男性不妊症外来でも睡眠時間を含めて、いつも規則正しい生活を送ることをお願いしています。
すでに川井院長のブログで睡眠と男性不妊症との関連について掲載されています。
あらためて3回にわたって、睡眠と精液所見(精子数、精子運動率など)との関連についての研究結果をご紹介しています。
今回は、PSQIというアンケート結果でみた「睡眠の質」が精液所見や性ホルモン値に影響するかどうかを検討した研究をご紹介します。
≪論文の要旨≫
背景としては、睡眠時間が精液の質に及ぼす影響については、多くの疫学研究で報告されています。しかしながら、睡眠の質と精液検査のパラメータ(精子数、精子運動率など)や性ホルモン(下垂体ホルモンやテストステロンなど)との関連はまだ不明です。
この研究は、2017年10月から2019年7月にかけて、中国浙江省の生殖医療センターを受診した症例970名を対象に横断的研究を実施したものです。参加者全員が精液サンプルを提出し、身体検査を受け、人口統計学的指標(年齢、教育、職業)、生活習慣(性行為の回数、喫煙、アルコールやカフェインの摂取、運動、サウナや熱い入浴の習慣)、睡眠習慣についてアンケートで回答してもらいました。睡眠は、ピッツバーグ睡眠質問票(Pittsburgh Sleep Quality Index、PSQI)という睡眠の質もみる質問票(アンケート)を用いて評価しました。点数(スコア)をつけて、PSQIスコアが高いほど睡眠の質が悪いことを意味します。まず、睡眠の質によって患者さんを2つの群に分けました(PQSI<5が睡眠良好、PSQI≧5が睡眠不良)。次に,各群の精子検査のパラメータ(精液量、精子運動率、精子前進運動率、精子濃度、総精子数、正常精子形態率)および性ホルモン(卵胞刺激ホルモン、黄体形成ホルモン、エストロゲン、テストステロン、プロラクチン)を測定しました。最後に、多変量線形回帰分析およびスピアマン相関係数を用いて、睡眠の質(離散変数または二項変数)と精液検査のパラメータ、性ホルモンとの関係を検討しました。
結果は次のようになっていました。PSQIの点数といくつかの精液パラメータとの間に負の相関が認められました(PSQIが高いと精液所見のパラメータが悪化する):
- 精子運動率(相関係数r= -0.187979、p< 0.001)
- 精子前進運動率(r= -0.192902、p< 0.001)
- 精子濃度(r= -0.167063、p< 0.001)
- 総精子数(r= -0.160008、p< 0.001)
- 正常精子形態率(r= -0.124511, p< 0.001)
しかし、精液量、性ホルモン、PSQIの総合スコアの間には、有意な相関は見られませんでした。
交絡因子の調整後でも、睡眠の質の悪い男性(PSQIが高値の男性)は、以下のパラメータが悪化していました:
- 精子運動率(β= -9.287; 95% CI -12.050〜-6.523)
- 精子前進運動率(β= -8.853; 95% CI -11.526〜-6.180)
- 精子濃度(β= -0.131; 95% CI -0.181〜-0.082)
- 総精子数(β= -0.137; 95% CI -0.189〜-0.084)
- 正常精子形態率(β= -1.195; 95% CI -1.844〜-0.547)
しかし、精液量と性ホルモンには有意な変化を認めませんでした。
結論として、 睡眠の質の低下は性ホルモンに影響を与えていませんでしたが、精液の質の低下と関連していました。
≪筆者の意見≫
男性不妊症外来では、規則正しい生活と睡眠を十分にとって健康的な生活を心がけるようにお話ししています。ご自身の健康が、元気な赤ちゃんと幸せな家庭につながるからです。このアドバイスが正しいことが確認できた研究です。
PSQIは自分で解答するアンケートで、睡眠時間以外に、就寝の時間、睡眠に入るまでの時間、起床時間、睡眠に困難を感じた場合のその理由とその頻度(入眠も問題、中途あるいは早期覚醒、就寝中の排泄、息苦しさ、咳やいびき、寒さ、暑さ、悪い夢、痛み)、睡眠の質の自己評価、睡眠薬の服用、日中の活動状況や意欲について幅広い質問項目があります。
これを日常診療で聴くのは大変なので、当クリニックでは採用していませんが、ピッツバーグ睡眠質問票の日本語版が掲載されているサイトがあります。興味のある方は是非試してみてください。ちなみに筆者はPSQI総合スコアが5点でサイトでの評価ではギリギリセーフとの結果でしたが、この研究では睡眠の質が悪い方に入ってしまっています。
睡眠がみだれると、サーカディアンリズムに影響が出ると言われています。サーカディアンリズムはメラトニンで調整されていますが、睡眠の乱れがメラトニン分泌にも影響します。メラトニンは、性ホルモンの分泌にも影響し、精子形成の悪化を招くという機序があります。ただし、本研究ではPSQIで評価した睡眠の質とホルモンの関連は分かりませんでした。一方で、この研究では睡眠の質のわるい男性はBMIが高く、運動量が少なく、喫煙や飲酒の頻度が高いことから、精液所見悪化の機序は生活習慣因子とも関連する可能性があります。ただし、BMI、喫煙、飲酒、身体活動、性交頻度で補正しても、睡眠の質と精液所見の関連性は保たれたままでした。また、睡眠の質の悪い男性は、就寝時間が遅く、睡眠時間も短い傾向(6.9時間vs 7.7時間)がありました。他の報告(「睡眠と精液検査①」で紹介)では、睡眠が長すぎても良くないとの結果もありますが、今回ご紹介した研究ではそのような結果は出ていませんでした。やはり睡眠時間だけでなく睡眠の質も含めて総合的に評価することも必要なようです。
十分で良好な睡眠はあなたの一日の生活を順調に過ごすための第一歩です。精液所見にも影響しますので、ご自身の睡眠を一度見直してみてはいかがでしょうか?
文責:小宮顕(泌尿器科部長)
亀田メディカルセンターでは男性不妊外来を開設しております。
泌尿器科専門医・指導医、生殖医療専門医の小宮顕部長が担当します。
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