アルコール摂取は本当に精液所見に影響がないのでしょうか?(2022年のアメリカ泌尿器科学会でのスタンフォード大学からの研究発表より)

Q. アルコール摂取は本当に精液所見に影響がないのでしょうか?(2022年のアメリカ泌尿器科学会でのスタンフォード大学からの研究発表より)
A. アルコールを飲んで赤くなるような方、弱い方は注意が必要です。

≪今回ご紹介する研究≫

「東アジア人男性におけるALDH2発現、アルコール摂取量と精液検査所見」
(ALDH2 Expression, Alcohol Intake and Semen Parameters among East Asian Men" (J Urol. PMID: 35344413.)

以前に川井清考院長のブログで、「男性のアルコール消費と妊娠のしやすさとの関連性」(2020年5月9日)について紹介されています(文献2)。男性のアルコール摂取と妊娠しやすさの関係は、ほとんどなさそうだという結果でした。これは、デンマーク人と米国のボストン在住の方(ほとんどが白人で、アジア系は2%程度)のデータでした。ヨーロッパ系の方は東洋人に比べてアルコール代謝酵素の発現が高いため(文献3)、より多くのアルコールを摂取が可能であることから出された結果とも考えられます。種々のガイドラインや権威のある機関から、妊娠を目指す男性は、過度のアルコールを控えるべきとの勧告が出されていますが、どの程度が過度なのか適量なのかは人それぞれであり、医師としても指導があいまいになってしまいます。一方で、過度のアルコールが健康上の問題であることは周知の事実です。

アルコールは、アルコール脱水素酵素(ADH)により毒性のあるアセトアルデヒドに代謝されます。アセトアルデヒドは悪酔いの原因となる毒性のある物質です。アセトアルデヒドは2型アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)によって分解され、酢酸になり、その後炭酸ガスと水に分解されていきます。一般的にお酒に弱い人ではこの毒性のあるアセトアルデヒドの分解がされにくく、顔や体が赤くなったり(紅潮)、動悸がでたり、頭痛や吐き気などの症状も出てしまいます。アセトアルデヒドはこのような悪酔いの症状の原因となるだけでなく、DNAと結合して発がんのリスクとなるなどほかの疾患リスクも高めてしまうと言われています。
ALDH2には活性型(ALDH2*1)と非活性型(ALDH2*2)の二つの亜型があります。この組み合わせで活性型のALDH2*1/*1と、部分的に低下しているALDH2*2/*1(部分欠損型)、ほとんど活性のないALDH2*2/*2(欠損型)に別れます。日本人のある大規模な研究では、活性型の方が49.6%、部分欠損型が40.9%、欠損型が9.4%でした(文献4)。つまり、日本人の約半数がALDH2*2キャリアでアルコール代謝が低下あるいは欠損していることになります。アルコール代謝にはほかの酵素も関係しますが、ALDH2の欠損型の方はほとんどアルコール摂取の習慣がないとされていますし、ほぼお酒を飲めないと言えます(筆者もこれに相当し、お酒を飲んでも苦しいだけ、全く楽しくありません)。飲める方でもその45%程度がアセトアルデヒドの害を受けることになります。また、一般に東アジア人の40%から50%で活性が低下しているとされています。

研究の要旨:
今回紹介する米国のスタンフォード大学の研究(文献1)では、東アジア系の男性でのALDH2遺伝子の亜型が、アルコール摂取量および精液所見とどのように関連するかを検討しています。上記のブログで紹介された研究のように妊娠のしやすさを見た研究ではありません。
研究の方法は以下のようになっています。東アジア系の男性にアンケートを回答してもらい、精液を提供してもらいました。遺伝子解析を行い、ALDH2の状態[野生型(活性型)vs ALDH2*2キャリア(部分欠損型あるいは欠損型)]を決定しました。精子におけるALDH2のタンパク質発現を免疫組織化学染色で評価しました。アルコール摂取の習慣、性生活の習慣の情報も収集されました。ALDH2の亜型とアルコール摂取、精液検査パラメータ、精子でのALDH2発現の差異について解析しました。
結果は以下のようになりました。対象となった112人中45人(40.2%)がALDH2*2キャリアでその活性が低下する遺伝子の亜型を持っていました。アルコール摂取量や性生活の習慣はALDH2の亜型によって違いはありませんでした。ALDH2*2キャリアでは、アルコール摂取があると精子運動率および精子前進運動率が有意に低下していました()。アルコール摂取者の中でみると、ALDH2*2キャリアでは野生型(活性型)と比較して、精子運動率、精子前進運動率および総運動精子数が有意に低下していました()。また、精子におけるALDH2タンパク質の発現は、ALDH2*2キャリアで有意に低下していました(p<0.001)。アルコール摂取量との関連を検討すると、ALDH2*2キャリアでは1ヶ月間に3から5杯以上のアルコール摂取をしていると、精子運動率は有意に悪化していました。一方で、野生型(活性型)では月に6杯以上のアルコールを飲んでも有意な影響はありませんでした。
結論は以下のようになります。ALDH2*2キャリアではアルコール摂取をすると、精子運動率、精子前進運動率、総運動精子数が有意に低下します。また、ALDH2*2キャリアは、精子におけるALDH2のタンパク質発現が有意に低下していました。これらの結果から、ALDH2の遺伝子亜型と禁酒カウンセリングを組み合わせることで、東アジア系の男性の精液所見を改善できる可能性が示唆されます。

結果の一部を表にまとめたものです。

ALDH2*2キャリア アルコール摂取あり アルコール摂取なし P値
精子運動率(%) 25.6±16.8 45.2 ± 25.8 0.005
精子前進運動率(%) 23.0±15.1 39.0 ± 21.7 0.008
       
アルコール摂取者 ALDH2*2キャリア 野生型(活性型) P値
精子運動率(%) 25.5±16.8 39.2 ± 23.1 0.021
精子前進運動率(%) 23.0±15.1 34.9 ± 20.1 0.022
総運動精子数(百万) 44.7±48.5 101.2±119.9 0.047

≪筆者の意見≫

アルコール摂取と精液所見や男性妊孕能(妊娠のしやすさ)との関連は、相反するデータが多数ありますが、過量でなければあまり関係ないというというのが基本的な認識でした。しかしながら、どんな薬剤でもそうですが、代謝能力の違いから、効果や副作用について日本人ではヨーロッパ系の方と比較して異なるプロファイルを持つことはよくあることです。アルコール代謝も同様です。筆者の施設での男性不妊症外来では、生活習慣について詳しく聴取して、その修正の指導を積極的に行っています。従来から、筆者の経験で週1回以上のアルコール摂取はよくないとしてきました(文献5)。今回の研究結果から少なくともアルコールに弱い方や、アルコールを摂取すると赤くなったり、ドキドキするような方は要注意であることがわかりました。また、週1杯以上のアルコール摂取で精液所見が悪化することが示されています。この研究発表を聴いてからは、お酒を飲んで赤くなるかどうかを問診票に追加して確認しています。現在は、お酒で赤くなるような方に対しては、アルコール摂取を控えた方がよいと自信をもってお願いしています。精子におけるALDH2発現の意義の解釈は難しいですが、ALDH2*2キャリアでは働きが低下しているので、精子自身もアセトアルデヒドから自分を守れないということにもつながるのかもしれません。もちろんアセトアルデヒドは血流にのって全身を駆け巡りますので、全身によくないことが起きることは想像に固くありません。
父親の健康状態(腹部肥満/BMI、耐糖能異常、高血圧、脂質異常など)と妊娠喪失(流産)が関連することも川井先生の別のブログ、男性の健康状態(プレコンセプショナル期)は流産と関係しますか?で既に紹介されています。父親になったら長い子育てが始まります。自分の健康を保って、幸せな家庭をつくるためにどうしたら良いか、考えていただければ幸いです。

参考文献

1. Greenberg DR, Bhambhvani HP, Basran SS, Salazar BP, Rios LC, Li SJ, Chen CH, Mochly-Rosen D, Eisenberg ML. ALDH2 Expression, Alcohol Intake and Semen Parameters among East Asian Men. J Urol. 2022 Aug;208(2):406-413. doi: 10.1097/JU.0000000000002682. PMID: 35344413.(今回紹介した研究です)

2. Høyer S, Riis AH, Toft G, Wise LA, Hatch EE, Wesselink AK, Rothman KJ, Sørensen HT, Mikkelsen EM. Male alcohol consumption and fecundability. Hum Reprod. 2020 Apr 28;35(4):816-825. doi: 10.1093/humrep/dez294. PMID: 32155263.

3. Schaschl H, Göllner T, Morris DL. Positive selection acts on regulatory genetic variants in populations of European ancestry that affect ALDH2 gene expression. Sci Rep. 2022 Mar 16;12(1):4563. doi: 10.1038/s41598-022-08588-0. PMID: 35296751.

4.Matsuo K, Wakai K, Hirose K, Ito H, Saito T, Tajima K. Alcohol dehydrogenase 2 His47Arg polymorphism influences drinking habit independently of aldehyde dehydrogenase 2 Glu487Lys polymorphism: analysis of 2,299 Japanese subjects. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2006 May;15(5):1009-13. PMID: 16702384.

5.Komiya A, Kato T, Kawauchi Y, Watanabe A, Fuse H. Clinical factors associated with sperm DNA fragmentation in male patients with infertility. ScientificWorldJournal. 2014;2014:868303. PMID: 25165747.

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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