顕微授精は男性不妊がなくても少しは加えるべき?(肯定派:論文紹介)
顕微授精(ICSI)は、男性不妊や受精障害の患者様には画期的な治療法です。
978年にルイーズ・ブラウンが体外受精(媒精)で誕生して以来、体外受精の改良を行ってきました。1992年にICSIが初めて用いられ、その後ICSIの有効性と安全性は確認をされています。
≪論文紹介≫
Jason M Franasiak, et al. Fertil Steril. 2022. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2021.12.001
ICSIを最初から推奨する報告者らの主張はどこでしょうか。
最初には、ICSIは媒精と同等の成績がでているからこそ、あえて受精障害を避けるのであれば初めから使用しないのかという想いです。
RCTとメタアナリシスでは、受精障害を防ぐために、3.1個のICSIを行うと回避できるとされています(Bhattacharya S, et al. Lancet 2001., Tournaye H, et al. Fertil Steril 2002.)。少しデータが古いですが、男性側に異常がなくて、媒精をして受精を1つもしなかったときの患者カップルの落胆をみていると3個で回避できるならICSIを入れておくかという気持ちになるのも重々理解できます。
その背景にあるのは、男性因子の評価方法の不十分さです。WHOが定期的に精液所見の基準値をアップデートしており、最近では2020年にアップデートされました。しかし、あくまで大まかな自然妊娠するうえでの正常下限値であり、体外受精をした際の媒精・ICSIの判断材料にするには情報量が少なすぎます。運動精子一つをとっても前進運動精子を基準とするかどうか、奇形率を頭部の空胞含め、どこまで奇形と判断するかなど厳しい目でみると正常精子が本当に少なく見えて来るのが実際です。
また精子調整もクリニックによって様々であり、一律した評価基準を設けることが難しいと思います。最近ではDNA断片化検査なども始まってきています。これらが、どの程度受精方法の指標になるかは、これからの課題となります。
ICSIを推奨している人も通常の卵子・精子の受精過程とICSIの受精過程が異なることは十二分にわかったうえでの判断です(媒精と顕微授精の違い(メリット・デメリット))。射精された数千万の精子は卵子に到達するのは20個前後と言われていて、様々なレギュレーションで選択されているといわれています。この過程は体外受精(媒精でもICSIでも)全般に回避されますが、精子が卵子に出会ってからの一連の複雑なプロセス(卵丘細胞への侵入、先体反応、卵丘細胞の膨化、精子と透明帯の結合・貫通)がICSIでは追加で回避されます。結果、媒精とICSIの接合体の配置パターン、紡錘体の向きや微小管・皮質の動きなどは異なることがわかっていますが、その後の生殖医療成績には影響しないとされています。もちろん、ICSIの先天異常や長期予後に関しても媒精とも大きく差がないこともわかっているのがICSIを推奨する根拠となっています。
もうひとつ、ディスカッションでかかれていることは患者が求めていることにどのように応じるかと書かれています。患者は妊娠・出産希望できているのに、多種多様な検査を行い、結果からも100%媒精で大丈夫なんていえる検査が存在しない。それであれば、妊娠までの時間の観点から多種多様な検査にお金や労力・時間を費やすより卵巣刺激を行い最初からICSIをいれることによって、大半の不妊で悩む人がいち早く妊娠に到達できるのではないかという考えも肯定されるべきだと主張しています。
≪私見≫
上記のディスカッションだけみると、初回からICSIをいれることは医療としてどうなの?と思うような内容でしたが、実際の医療現場としては往々にしてICSIを少し初めから含めてくださいという人が数多くいらっしゃいます。また、ICSIを忌み嫌う人はICSIの間違った理解(奇形児がすごく増加するなど)であることがほとんどですので、その誤解を詳細に話したらICSIを選択されるかたはもっと増えるのではないでしょうか。
広島HARTクリニックの向田先生がいつも講演でお話しされることで、体外受精の技術向上は自然妊娠に近付けることではなく、体外受精での妊娠成績をあげるために改良されたものであり、あくまで自然妊娠に近づけることが目的に改良はされていないということは私自身いつも治療判断の際には意識していることです。ICSIは必要な症例には躊躇なく行うべきですし、その際には最高のICSIを提供できるよう準備は施設施設に整えるべきだと考えています。文責:川井清考(院長)
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