顕微授精は男性不妊がなくても少しは加えるべき?(否定派:論文紹介)

顕微授精(ICSI)は、男性不妊や受精障害の患者様には画期的な治療法です。
しかし、米国では、1996年から2012年の間に、体外受精全体に占めるICSIの割合が約2倍になり(36.4%から76.2%)、男性不妊症でない場合に最も大きな増加が見られています。ヨーロッパでも同様で国による差はあれ、2016年には72.3%の周期でICSIが行われています。この傾向は日本でも同様のことが言えると思います。
しかし、過去の研究では、男性因子のない不妊症カップルの累積出生率ではICSIは従来の体外受精(媒精)に比べて利点がないことが数多く示されています。

≪論文紹介≫

Jason M Franasiak, et al. Fertil Steril. 2022.  DOI: 10.1016/j.fertnstert.2021.12.001

では、どのようなことから男性因子のない不妊カップルにICSIを選択されるようになったのでしょうか。
仮説1:卵巣低反応
卵巣反応が悪く回収卵子数が少ない人は受精障害で有効胚がなくなるリスクも高いためICSIが有効という仮説です。受精率はICSIの方が体外受精(媒精)より高いことが証明されていますが、妊娠率、累積出生率などには差がないという論文がほとんどです。
仮説2:高齢女性
高齢女性は、卵子の質の低下や透明帯の肥厚が受精率の低下につながるためICSIが有効という仮説です。この仮説は全く支持されておりません。
仮説3:着床前診断
透明帯に媒精で付着した精子が着床前診断のデータを混乱させるためICSIが必要だという仮説です。こちらは最近の着床前診断の処理条件ではほとんど影響がないことが証明されているので気にする必要はありません。
仮説4:原因不明不妊
原因不明不妊症患者にはICSIがゴールドスタンダードであるべきという仮説です。この仮説は無作為に割り付けた11件の研究のシステマティックレビューとメタアナリシス(Johnson LN, et al. Fertil Steril 2013)で、受精率と受精障害の回避の観点からはICSIが媒精より有効だと結論づけられたことが理由です。ただし、サンプル数、データの不均一性からも信憑性に乏しいという意見もあります。
仮説5:受精障害
受精障害既往がある人にICSIは有効だという仮説です。受精障害再発リスクを減らすために、通常の体外受精周期で受精障害既往があればICSIを行うべきとアメリカ生殖医学会の2020年committee opinionでも記載されています(精液所見に異常がないICSIの適応は?(ASRMの専門家委員会の推奨)
ただし、受精障害が起こった原因を精子側の詳細なスクリーニング検査などを行うことが優先で、改善できるなら避けるべきではないかという考えもあります。
仮説6:スプリット
受精障害リスクを避けるために、すべての患者は最初から媒精とICSIの両方を行うICSIを実施すべきだという仮説です。こちらも未だまだデータ不足のところはありますが、39歳以上高齢女性60組を対象とした最近のRCT(Haas J, et al. J Assist Reprod Genet 2021)では、受精率、良好胚数、妊娠率については、媒精・ICSIには差がありませんでした。

もちろん、成績の向上が明らかであれば仮説があったとしてもICSIを選択されることが増えるのでしょうが、Haasらの報告同様、ベトナムの1,064組のカップルを対象とした最近のRCTのデータでは、最初の移植後の出生率と、無作為化後の12カ月目に累積出生率は、ICSIと媒精では同程度でした(Dang VQ, et al. Lancet 2021)。
いままでの最大のレトロスペクティブ研究(ラテンアメリカ15カ国155ARTクリニックのデータ)でもICSI 39,564周期、媒精10,249周期で妊娠率と受精率に差がなく、高齢女性をみても受精障害の割合をICSIで回避はできませんでした(Schwarze JE, et al. Hum Reprod Open 2017)。

では、なぜICSIを忌み嫌う人たちがいるのか?これは卵子が元々備わっている自然のバリアや受精プロセスを回避して受精させることにより、いい精子を選んでいるつもりで異常精子を受精させてしまったり、卵子にICSIによりダメージを与えてしまったりすることで胚に異常を生じさせてしまうのではないかという懸念からです。

彼らは周産期合併症や先天異常に関してはそこまで大きな差がないだろうとしつつも、ICSIのエピジェネティックな影響などもわかっていないことが多々あるため無駄なICSIは避けた方がいいというのが主張となっています。

≪私見≫

私は無駄なICSIを避けるべきという考えに賛同しています。そのため、事前に精子の検査は詳しく調べますし、疑わしい場合は男性不妊外来を受診するように推奨します。ICSIは万能ではありません。私たちは、より低侵襲で安全なICSIを取り扱うように注意を払うべきです。男性因子がない状況でICSIを選択するならクリニックの成績を聞いた上で判断すべきです。医療の最終意思決定は患者さまにあるべきと考えています。同時に我々生殖医療従事者は無駄なICSIを無意識に進めていないかを、いつも頭に片隅には置いておくべきだと思います。

文責:川井清考(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。

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