精液所見に異常がないICSIの適応は?(ASRMの専門家委員会の推奨)

ICSIは精液所見に明らかな異常があるカップルの受精障害を改善するのに有効です。今日までICSIの安全性と有効性を支持する報告が多く、適応を拡大し正常な精液所見であるカップルへICSIを行うことが一般的になってきています。
男性因子が特定できない場合のICSIが行われている理由として、①原因不明の不妊、②卵子の質の悪い、③卵子数が少ない、④母体年齢が高い、⑤媒精をおこない受精障害があった場合、⑥着床前遺伝子検査(PGT)、⑦体外成熟(IVM)後の受精、⑧凍結卵子を用いた受精、などが挙げられます。
確かにICSIを行うと予想し得ない受精障害を避けることが可能です。
ただし適応が不明瞭なICSIを行う場合、メリット/デメリットを理解した上で実施すべきですし、医療者側は、過去の報告等で出生までの改善があるか、費用対効果はどうなのかなど検討しておく必要があります。
アメリカ生殖医学会は2012年に専門家委員会からコメントを報告していました(Fertil Steril 2012;98:1395-9)。こちらが新しい論文などをふまえて2020年更新されましたのでご紹介します。
Fertil Steril. 2020 DOI: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.032.

≪報告内容≫

①原因不明の不妊症
様々な論文がでているようですが、メタアナリシスでは、11の無作為化比較試験において、原因不明の不妊症を持つカップルの卵子1個当たりの受精率を調べられています。受精率はICSI受精卵子の方が30%高く(RR 1.27;95%CI 1.02-1.58)、受精障害をおこすリスクは媒精がICSIに比較して8倍以上高くなっていました(RR 8.22; 95% CI、4.44-15.23)(Johnson LNら、2013)。すこし論文のコンセプトとして成熟率が高い卵子はICSIにまわされていたり、受精障害の割合が一般より高い傾向にあるので結果を鵜呑みするのがいいことがどうかはわかりませんが、原因不明カップルのICSIは受精障害の発生頻度を低下させている可能性があります。

  • 男性因子を伴わない原因不明の不妊症に対するICSIは、いくつかの研究で受精率の増加と関連しています。しかし、出生成績までの改善は示されていません。
  • 男性不妊症や過去の受精障害のない症例に対して、最初からICSIをより高度な医療であるとして勧めることは推奨されていません。

②卵子の質が悪い
質の悪い卵母細胞を顕微授精することで出生率が向上するかどうかについての研究はありません。形態学的に異常な卵子(核、細胞質、透明帯のいずれかに異常がある)は、臨床的な課題となりますが、このような卵子へのICSI使用が出生時の状態を改善するかどうかを扱った研究は、2019年6月の時点では存在していません。

  • 質の悪い卵子のICSIでの出生率向上を示す報告がありません。

③卵子数が少ない
ICSIは、理論的には受精率が上がるわけなので、数が少ない場合は出生までの割合が増えそうです。
回収卵子が6個以下の男性因子不妊のない96人の患者に無作為にICSIと媒精をわりつけた結果、決してICSIは改善に繋がらなかったという報告(Luna Mら、2011)や、SART-CORSレジストリ(2004-2011年)を分析してもICSIの出生率への改善に繋がっていなかったという報告(Butts SFら、2014)がありました。

  • 卵子数が少ない場合のICSIでは、出生時の転帰は改善しません。

④母体年齢が高い
35歳を境界とした場合、女性年齢により媒精の受精率が低下することは否定されています。

  • 母体年齢が高くなってもICSIでは、出生時の転帰は改善しません。

⑤媒精をおこない受精障害があった場合
後方視的な研究では、媒精で受精障害を起こした患者では次回の媒精での受精率は30〜97%と幅があることが報告されていています。
前向き研究では、媒精で受精障害をおこした患者の次回の体外受精において、その周期の卵子を媒精とICSIに割りつけて検討した場合、媒精での受精率は11%、ICSIでの受精率は48%とICSIの方が受精率改善に寄与しています。

  • 媒精で受精障害をおこした患者では、次の周期のICSIは受精障害を改善します。

⑥着床前遺伝子検査(PGT)
PGTの場合、PGTの検査精度を高めるためにICSIを推奨されていましたが、次世代シークエンシングなど新しい検査技術の開発によりほぼ改善されてきています。ただ、論文はまだまだ少なそうです。

  • PGTのICSIは、精子の混入が検査結果の精度に影響を与える可能性を強く排除したい場合のみ検討すべきと考えられます。

⑦IVM(体外成熟)
論文がほぼなさそうです。

  • ICSIはIVM(体外成熟)卵子の透明帯硬化などがおこるため、受精率を向上させるようですが、着床率と臨床妊娠率は、媒精IVM卵子の方が高いようです。比較データがほとんどないため、これらのデータの解釈には注意が必要です。

⑧凍結卵子を用いた受精

  • 凍結卵子へのICSIは、受精のために好ましい方法です。まだまだ、現在のところサポートするデータは限られています。

≪私見≫

男性以外の不妊症に対するICSIの児への安全性は評価されていません。
ただ、患者様に治療を提供する以上は、今後もある程度データに基づいた提案をしていきたいと思っています。
ただ、このICSIの適応は、ここから10年で大きく変わると思っています。なぜ、そう思うのか?というと答えは明確で、男性不妊に対する精子の評価法が増えたこと、そしてICSIの精子の選択方法なども多種多様となり、より低侵襲な手技が増えたからです。
当院でも以前ICSIであった症例を媒精に、媒精だった症例をICSIに振り分けるようになりました。最近 「ICSIを実施したいから」という理由で遠方から来院される患者様が増えましたが、私は、本質はどこで受けても一緒だと思っています。
ただし、ICSIへのこだわりやデータの豊富さや振り返りには徹底して取り組んでいます。ICSI動画は全症例録画しふりかえられるシステムを構築していますし、個々のパラメーターでのICSIの成績、出生後の奇形率まで毎月毎月評価しています。
今週はICSIにフォーカスし後半は当院でPiezo-ICSI、IMSIにつづき、様々な方法を検討した結果、全症例実施する方向とした成熟精子選択法(ヒアルロン酸吸着法)について培養室からブログをアップさせていただきます。

文責:川井(院長)

~今週のブログはICSIにフォーカスしてお伝えします~
8月29日(土)には管理胚培養士の平岡がお話しするwebセミナー「卵子と精子のお話し」もございます。培養士目線からわかりやすい言葉で、みなさんからよくある質問を交えてお話しします。ここでもICSIについて詳しくお伝えしますので、理解を深めるためにも是非ご参加ください。
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お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。