ICSIで妊娠した子供は染色体異常がふえるの?(論文紹介)
患者様にICSIをすると染色体異常が増えるのでは?と質問されます。私はICSIが必要な症例はするべきだと思いますし、ICSIで染色体異常が増えるとしたら夫婦の配偶子(卵子・精子)に起因する部分が多いと思っています。もちろん、手技による二次的な影響も否定はできませんので、ICSIは当院の培養士達はたくさんのエビデンスに基づいた拘りをもって実施してくれています(明日から培養室より複数回にわたりPIEZO-ICSI以外の拘り部分をブログで紹介します)。
エビデンスに関しては、以前よりICSIにより児の染色体異常率が高くなる危険性は指摘されています。報告者によりばらつきがあり、一般と比較して高くないとする報告も数多くあります。Bondulleらが行なった顕微授精妊娠による出生前染色体検査(1586例)の報告では、染色体異常率が2.6%と自然妊娠より2-3倍高率であると報告されていましたが、同じグループから新しいデータがでてきましたのでご紹介させていただきたいと思います。
F Belva ら.Hum Reprod. 2020 DOI: 10.1093/humrep/deaa162.
≪論文紹介≫
ICSIで妊娠した胎児や子供の核型異常と父親の精液パラメータとの間には関係があるのでしょうか?
いくつかの研究で、ICSIから生まれた胎児におけるde novo染色体異常の割合が高いことが報告されています。全体的に報告されている非遺伝性核型異常の有病率は、ICSIから生まれた胎児で増加しており、1.6%から4.2%の間で変動しています。ICSI後の子供の核型異常と父親の精液パラメータとの関係に焦点を当てた研究はごくわずかです。更に、ICSI後の新生児における核型異常の発生率の増加が報告されていますが、その割合は研究によって大きく異なります。
この研究では絨毛検査や羊水検査による出生前検査の核型検査結果と、単一施設でICSIにより妊娠した子供の出生後の採血結果を報告します。2004 年 1 月から 2012 年 12 月までの間に実施したICSI胚(新鮮胚または凍結融解胚)を移植した後の妊娠した患者を対象に検討しています。
ICSI 妊娠 4816 例から、4267 例の妊娠についての情報が得られました。出生前検査は1114 胎児(妊娠の 22.3%)の診断が得られました。出生後核型検査は1391人(妊娠の29.4%)の新生児から承諾が得られ採取されました。染色体異常の有病率を母体年齢および精液の質に応じてロジスティック回帰で解析しました。
胎児の核型異常は単胎児29例と多胎児12例(41/1114;3.7%;95%CI 2.7-4.9%)に認められました。:36例の異常はde novo(3.2%;95%CI 2.3-4.4)、常染色体異常(n=25)、性染色体異常(n=6)、構造異常(n= 5)のいずれかであり、5例は遺伝性でした。ロジスティック回帰分析では、母体年齢とde novo染色体胎児異常との間に有意な関連は認められませんでした(オッズ比(OR)1.05;95%CI 0.96-1.15;P= 0.24)。
ICSI後に生まれた子供の出生前検査を受けていない1391人の出生後サンプルのうち14人(1.0%;95%CI 0.6-1.7)に異常な核型が認められました。12例はde novo異常で、2例は遺伝性の核型でした。
新生児の核型異常のオッズは、産前と産後のデータを組み合わせると、母体年齢と共に増加しました(OR 1.11; 95% CI 1.04-1.19)。精子濃度が1500万/ml未満(調整済みOR(AOR)2.10;95%CI 1.14-3.78)、精子濃度が500万/ml未満(AOR 1.9;95%CI 1.05-3.45)、総精子数が1000万未満(AOR 1.97;95%CI 1.04-3.74)の男性を持つカップルの胎児および子供では、de novo染色体異常の発生率が高くなりました。
≪私見≫
Bonduelleらは以前、1990 年から 2001 年の間に調査された ICSI 胎児 1586 例のコホートにおいて絨毛検査や羊水穿刺を用い ICSI 胎児の染色体異常の割合47 例(3.0%)を報告しています。両研究の全体的な研究デザインは似ていますが、以前の研究では妊娠12週以降の妊娠のみを対象としていましたが、今回の研究では妊娠7~9週の最初の超音波検査から継続中の妊娠を対象としているので少し染色体異常が増加したのではないでしょうか。(3.7% vs. 3.0%)
今回の論文でのポイントは下記の通りで私たちは患者様に伝える必要があるのでは?と考えています。
- ICSI後の胎児・新生児染色体異常の発生率はすべての胎児で 3.2%であり、一般的な新生児集団で予想される 0.45%(Jacobsら. 1992)よりも高い傾向にありました。ほとんどが常染色体の異常であり、以前調査では性染色体異常はそこまで多くありませんでした。
→やはり普通に妊娠できる集団に比べてICSIが必要な集団(ICSIでしか妊娠できない集団なのか、手技的なものかは区別できませんが)は胎児の染色体異常が上がることを伝える必要があると思います。
- 生まれてきた新生児全体の核型異常率(1.0%)、性染色体異常率(0.2%)は、一般集団の新生児56 952人の大規模コホート(それぞれ0.92%、0.19%)の結果と一致しており分娩までいけば一般集団をさほど染色体異常に差がないという結果を支持する内容になりました。
→この結果は生まれてくる子供は一般集団と差がないことを伝えていいと思います。つまり途中で流産などの可能性があがることを支持するデータなのかもしれません。
- ICSI後の胎児・新生児の染色体異常と父親の精液所見異常は関係が見られました。
文責:川井(院長)
~今週のブログはICSIにフォーカスしてお伝えします~
8月29日(土)には管理胚培養士の平岡がお話しするwebセミナー「卵子と精子のお話し」もございます。培養士目線からわかりやすい言葉で、みなさんからよくある質問を交えてお話しします。ここでもICSIについて詳しくお伝えしますので、理解を深めるためにも是非ご参加ください。
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