BRCA1/2遺伝子に病原性変異は不妊治療で乳がんリスクが上がる?(論文紹介)

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)は,BRCA の生殖細胞系列の変異に起因する乳がんおよび卵巣がんをはじめとするがんの易罹患性症候群であり,常染色体優性遺伝形式を示します。米国では35~64 歳の乳がん女性症例の約5%にBRCA の変異を認めており、卵巣がんにおいては海外で卵巣がん症例の15%にBRCA の変異を認めたとする報告があります。日本人一般集団におけるBRCA の遺伝子変異頻度は不明ですが,英国および米国(non-Ashkenaziの白人)のデータから400~500 人に1 人と推定されています。BRCA1/2遺伝子変異は、卵巣予備能の低下などとも関連性を示唆する報告があり、不妊との関連で話題にあがる遺伝子です(Oktay K, et al. 2010.; Wang ET, et al.2014.; Ben-Aharon I, et al. 2018.)。
不妊治療が、ユダヤ系イスラエル人のBRCA1/2遺伝子の病原性変異保持者の乳がんリスクを上昇させるかどうかに影響を与えるかを調査した論文です。

≪論文紹介≫

Tamar Perri, et al. Fertil Steril. 2021. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2021.02.030
単一施設でユダヤ系イスラエル人BRCA1/2遺伝子変異キャリア1,824人を、不妊治療を受けていないキャリア1,492人(81.8%)と、クエン酸クロミフェン(n =134人)、ゴナドトロピン(n = 119人)、体外受精(n = 183人)、またはそれらを組み合わせた治療(n = 89人)による不妊治療を受けたキャリア332人(18.2%)に層別して解析しました。
評価項目は不妊治療およびホルモン療法と乳がんの関連性におけるハザード比(HR)および95%信頼区間(CI)としました。
結果:
BRCA1/2遺伝子の病原性変異保持者687名が乳がんと診断されました。多変量解析では、グループ全体または遺伝子ごとに分けて解析した結果、不妊治療の種類に関わらず、不妊治療と乳がんリスクとの間に関連は認められませんでした(クエン酸クロミフェン:HR 0.77、95%CI 0.49-1.19、ゴナドトロピン:HR 0.54、95%CI 0.28-1.01、体外受精:HR 0.65、95%CI 0.39-1.08、混合治療:HR 1.23、95%CI 0.49-3.06)。乳がんリスクは、BRCA1およびBRCA2遺伝子の病原性変異保持者のいずれにおいても、父方の遺伝子変異(HR 1.43、95%CI 1.17-1.75)および5年以上の経口避妊薬の使用(HR 1.62、95%CI 1.27-2.06)と関連していました。卵巣がんのリスクは、いずれかの経口避妊薬の使用によって低下しました(HR 0.61、95%CI 0.46-0.82)。
結論:
BRCA1/2遺伝子の病原性変異保持者の不妊治療は、乳がんリスクと関係していません。

≪私見≫

BRCA1/2遺伝子変異キャリア女性での乳がんリスクが不妊治療で上昇しないことは、そのほかにも2本の論文で報告されています。

  • 117人のBRCA遺伝子変異キャリア女性が不妊治療薬で非使用者と比較して乳がんのリスクが増加しない(オッズ比1.21、95%CI 0.81-1.82)。(Kotsopoulos J, et al. 2008.)
  • 体外受精を受けていないBRCA遺伝子変異キャリア女性76人を対象としたコホート研究で乳がんリスク増加は認めませんでした(ハザード比0.79、95%CI 0.46-1.36)(Derks-Smeets IAP, et al. 2018.)

BRCA1/2遺伝子変異キャリアを持つ女性でも、不妊治療を適切に実施することにより乳がんリスクが上昇しないことがわかります。

不妊治療とがんに関する過去のブログ:
不妊治療とがんの関係(論文報告)

文責:川井清考(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。

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