不妊治療とがんの関係(論文報告)

「不妊治療は、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がんの発生率を有意に増加させるか?」について、過去の報告をまとめたメタアナリシスです。
不妊症で7組に1組のカップルが悩みをかかえ、不妊症治療の需要が増加しつつあります。不妊治療を受けて生児を授かる患者様がいる一方、治療を受ける際に胎児への影響、そして自身の身体への影響が気になる方も多いのではないでしょうか。
不妊症で悩む女性自身、卵巣がん、乳がん、子宮内膜がんを含む悪性腫瘍の危険因子であるといわれています(Hansonら. 2017)。不妊治療を受けることによってリスクはどうなるのでしょうか。

Jennifer Frances Barcroftら. Hum Reprod. 2021. DOI: 10.1093/humrep/deaa293.

≪論文紹介≫

2019年12月までのCochrane Library、EMBASE、Medline、Google Scholarを用いて文献検索を行いました。不妊治療群と非不妊治療群のがん罹患率(乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がん)を調べた128件の研究のうち、29件のレトロスペクティブ研究が基準を満たしました(n = 210337)。
最終的なメタアナリシスでは、乳房(n=19)、卵巣(n=19)、子宮内膜(n=15)、子宮頸部(n=13)の29件の研究が含まれました。主要評価項目は、不妊治療群と非不妊治療群におけるがん(乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がん)の発生率、副次的評価項目は、特定の排卵誘発剤への曝露に応じたがんの発生率としました。
治療効果を示すためにオッズ比(OR)を、プールされた治療効果を計算するためにランダム効果モデルを、それぞれ使用しました。母体年齢、不妊症、研究規模、不妊治療の種類、がん罹患率に与える影響を評価するために、メタ回帰分析と8つのサブグループ分析を行いました。
結果:
子宮頸がんの発生率(OR 0.68(95%CI 0.46-0.99))は、不妊治療群では不妊治療なしの群に比べて有意に低くなりました。乳がん(OR 0.86;95%CI 0.73-1.01)および子宮内膜がん(OR 1.28;95%CI 0.92-1.79)の発生率は、不妊治療群と非不妊治療群の間に有意な差は認められませんでした。卵巣がん全体の発生率(OR 1.19;95%CI 0.98-1.46)は、不妊治療群と非不妊治療群との間に有意な差はありませんでしたが、境界型卵巣腫瘍(BOT)の別の分析では、有意な関連性が認めました(OR 1.69;95%CI 1.27-2.25)。さらにサブグループ解析を行ったところ、卵巣がんの発生率は、非不妊治療群と比較して、体外受精群(OR 1.32、95%CI 1.03-1.69)およびクエン酸クロミフェン(CC)治療群(OR 1.40、95%CI 1.10-1.77)でそれぞれ有意に高いことが示されました。
逆に、乳がん(OR 0.75;95%CI 0.61-0.92)および子宮頸がん(OR 0.58;95%CI 0.38-0.89)の発生率は、非不妊治療群と比較して、体外受精治療サブグループで有意に低い結果となりました。
全体的に見て、不妊治療は乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんの発生率を有意に増加させず、子宮頸がんの発生率を低下させる可能性もあります。
結論:
乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がんに関する結果は、これまでに発表された個々のがんに関するメタアナリシスと同様に安心できるものでしたが、体外受精やクエン酸クロミフェン(CC)治療と卵巣がん発生率の増加との関連性については、この関連性をもたらす潜在的なメカニズムを理解するためにさらなる研究が必要と考えられます。

≪解説≫

障害リスクはCancer-Research UK, 2018を参考にしています。
乳がんは、生涯リスクは7人に1人、子宮内膜がんは36人に1人とされています。
子宮内膜がんと乳がんはともにホルモン感受性の高いがんであり、その発生率は、肥満、HRT使用、PCOS、早発月経、遅発閉経などのエストロゲン優位の状態と関連しています(Sasoら、2011年、Hamajimaら、2012年)。BRCA1/2およびHNPCC遺伝子の保有者は、卵巣がん、乳がん、子宮内膜がんのリスクが高くなります(Kurman and Shih, 2010)。
卵巣刺激に伴う生理範囲内を超えるエストラジオール環境は、乳がんや子宮内膜がんのリスクになるのでは?と考えられています。
卵巣がんの生涯発症率は50人に1人です。不妊治療は、卵巣の「過剰」刺激と「多胞性」排卵に関連していますので卵巣がんのリスクとなると考えられています(Tungら、2005;Mandaiら、2007;Kurman and Shih、2010)。また、子宮内膜症やBRCA1/2キャリアの女性は、卵巣がんのリスクが高くなります(Titus-Ernstoffら、2001年)。
子宮頸がんは、生涯発生率が142人に1人です。子宮頸がんの発症は、ヒトパピローマウイルスへの曝露の程度に関係します。危険因子としては、初回性交時の若年齢、性的パートナーの数、喫煙、免疫不全状態などが挙げられます。子宮頸がんの発症にホルモンが関係しているとは考えられていません。

上記のことから「不妊治療は、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がんの発生率を有意に増加させるか?」を疑っていましたが、全体的に見て、不妊治療は乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんの発生率を有意に増加させず、子宮頸がんの発生率を低下させる可能性もあります。クエン酸クロミフェン(CC)で上昇しているのは、CCを使うようなPCOSのような病態が影響するのではないかと考えられていますし、子宮頸がんは不妊治療が頸がんリスクを下げるわけではなく、まめにチェックされる環境であったり、社会的背景が影響を与えている可能性があります。

文責:川井清考(院長)

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