時代とともに卵巣刺激は変わっていく
これはJ Assist Reprod Genet.のCOMMENTARYに掲載された内容です。
卵巣刺激はロング法・ショート法・アンタゴニスト法、クロミッドゴナドトロピン法からはじまり、開始時期によりランダムスタート法、また全胚凍結を前提としたPPOSなど様々なバリエーションが存在します。
卵巣刺激のトリガーだけをとっても体外受精結果に大きく左右します。国内では尿由来のhCG(注射)、recombinant-hCG(注射)、GnRHアナログの点鼻薬が選択肢に挙げられ、これらの量・組み合わせにより至適な回収卵子数の獲得、採卵後の合併症の減少に努めるわけですが、卵巣刺激のトリガーについて簡単にまとめてくれていますのでご紹介したいと思います。
≪論文紹介≫
Alexander M Quaasら. J Assist Reprod Genet. 2021.DOI: 10.1007/s10815-021-02223-z
体外受精周期の大まかな要素は、以下になります。
①前周期の介入:卵胞コホートの同期を可能にする卵巣のダウンレギュレーション
②前周期の介入の有無にかかわらず発育卵胞数を増やすための卵巣刺激
③発育卵胞の早期排卵の抑制
④最終的な卵子の成熟と排卵誘発
⑤新鮮胚移植を予定している場合は黄体補充
③卵子の成熟と排卵は互いに密接に関連していますが、同一の用語ではありません。排卵とは卵丘細胞複合体の膨張や、タンパク分解、炎症、血管新生を伴う卵胞のリモデリングなど、発生能力のある卵子が卵巣から卵管に放出されるプロセス全体を意味します。卵子の十分な成熟は、排卵の全体的なプロセスが調整されるための必須条件であり、またその結果でもあります。
自然周期では、LHが卵子の最終的な成熟を誘導します。刺激周期では、LHと同じαサブユニットを持ち、半減期が長いhCGが伝統的に使用されています。
最終的な卵子成熟を誘導するためのもう一つのアプローチは、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)を使用し、LHとFSHの両方を急上昇させることです。
1970年代に生化学的構造が発見され、1980年代にはGnRHアナログが開発され、ARTにおけるGnRHアナログトリガーの使用に向けた理論的基盤が形成されました。
しかしロング法やショート法ではGnRHアナログは①前周期の介入:卵胞コホートの同期を可能にする卵巣のダウンレギュレーション、③発育卵胞の早期排卵の抑制の用途で使われていたため、④最終的な卵子の成熟と排卵誘発としては使うことができませんでした。しかし現在の卵巣刺激主流GnRHアンタゴニストプロトコルでは④最終的な卵子の成熟と排卵誘発としてGnRHアナログとして使えるようになりました。
このプロトコルでは下垂体がGnRHアナログの作用に反応し、LH/FSHの「フレア」により最終的な卵子の成熟を誘発することができます。そして最近増えてきているPPOSでも④最終的な卵子の成熟と排卵誘発として用いることが可能です。
GnRHアナログによる④最終的な卵子の成熟と排卵誘発は、⑤新鮮胚移植を予定している場合は黄体補充効果が弱いため当初期待外れとされていましたが、hCGと上手く組み合わせることにより着床率、妊娠率、出生率を改善することも可能と考えられていますし、何より卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の発生率を低下させることは大きなメリットもあります。また全胚凍結が多くなっている昨今では⑤新鮮胚移植を予定している場合は黄体補充効果を意識しなくてよいためhCGとの使い分けの検討が必要となってきます。
Cimadomoらは、5年間に体外受精を受けた2104人の患者を対象とした、このテーマに関する大規模な観察研究のデータを報告しました。その結果、GnRHアナログ投与群(44%)とhCG投与群(46%)の移植1回あたりの生児率は同等であり、GnRHアナログ投与群(42%)の1サイクルあたりの累積生児率はhCG投与群(25%)よりも有意に高いことがわかりました。しかし、1サイクルあたりの累積生児率の差は、GnRHアナログ群の若年女性であり、回収卵子数が多いことに起因しており、回帰分析をおこなうと有意差がなくなりました。(多変量オッズ比=1.3、95%信頼区間:0.9-1.6)。著者らは、凍結のみのサイクルにおいて、GnRHアナログトリガーの使用は、OHSSのリスクが高い患者だけでなく、すべての患者にとって、従来のhCGトリガーに代わる有効な手段であると結論づけました。
今後の課題として下記を挙げています。
- 卵子の核成熟と細胞質成熟について
- 卵子の成熟におけるFSHの必要性について
- GnRHアナログとhCGを用いた「デュアルトリガー」について
- 最も強力なGnRH分泌促進剤と考えられているキスペプチンを直接または間接的に使用の今後の臨床応用
最後にこう締めくくっています。本当にその通りですし、だからこそ、日々臨床を振り返ること、臨床に忙殺されるだけではなく知識をアップデートしていく日必要があるのだと思います。
One thing is certain: with every birthday of Louise Brown, the “standard stimulation protocol” in the practice of ART will look a little bit different.
~関連ブログ~
hCGトリガーのホルモン動態をさぐる(体外受精編:その1)(論文紹介)
hCGトリガーのホルモン動態をさぐる(体外受精編:その2)(論文紹介)
トリガー別での正常胚の割合(論文紹介)
文責:川井清考(院長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。