hCGトリガーのホルモン動態をさぐる(体外受精編:その1)(論文紹介)

私たちは卵巣刺激の最後に投与するhCGトリガーはとても重要だと思っています。実は体外受精の長い歴史の中、わかっていないことが多く二次的に様々な体外受精成績に寄与していた項目です。Vuongらのグループはトリガー後こまめに採血してホルモン濃度を測定することで、臨床を行う上で知りたかった情報を明らかにしました。今回の論文紹介は、患者様向けというより生殖医療を学びはじめた医師やスタッフ向けかもしれません。ただ、こちらのホルモン動態を理解することにより様々な体外受精のうまくいかない原因が明確になります。

Claus Yding Andersenら. Fertil Steril. 2020. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.022

≪論文紹介≫

卵胞の最終的な成熟は、調節卵巣刺激とそれに続く5,000~10,000IUのヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)トリガーを投与することで得られます。hCGトリガーは、①卵子成熟を誘導すること、②hCGの長い半減期を利用して黄体期のサポートすること、が目的です。ただ理解しなくてはいけないポイントがあります。
hCG トリガー後の黄体期初期は自然排卵で観察される状態とは異なります。プロゲステロンの上昇開始のタイミングは自然排卵よりもはるかに速く、最大濃度は大幅に上回り、ピークのタイミングも数日早くなります。さらに、FSHプレサージなしでのhCGトリガーは、通常見られるFSH/LHの連動したサージよりも非効率的に卵子成熟を誘発することも考えられます。子宮内膜はhCGトリガー後に着床の窓は前にずれている可能性が高く、着床の可能性はおそらく最適ではないと考えられます。

1980年代初頭の体外受精が開始された当初から、LHサージの代わりに卵胞の最終的な成熟を達成するためにhCGトリガーを使用することが行われてきました。hCGトリガー36 時間後に採卵を行うプロトコールが今でも一般的に行われています。
hCGトリガーは、LH様活性をもつhCGを高い濃度で投与します。調節卵巣刺激の種類の有無にかかわらず、排卵直前で卵子成熟を準備できている状態をつくります。投与されたhCG量と患者BMIに応じて異なりますが、トリガー後48時間後にはhCG濃度が130から300 IU/L程度まで上昇しています。hCGは半減期が比較的長く、投与量が比較的多いため、黄体期の前半にはhCG濃度が体内に残っておりプロゲステロンを分泌する黄体を刺激しサポートします。

①LHサージ、hCGトリガーの作用
卵胞発育していた状態でLHサージもしくはhCGトリガーを実施することにより排卵が誘発されます。卵子は減数分裂を再開し成熟卵子(MII)に進み、次に卵胞内で炎症反応がおこり卵胞の破裂と卵胞から卵子の排出(排卵)できる構造変化を起こし排卵後には炎症反応を抑えるための黄体発育を調整します。プロゲステロン分泌をはじめ着床に適切なステロイド生成を起こすように排卵後の黄体の顆粒膜細胞と莢膜細胞は形質を変化させます。

②卵子の成熟
hCG トリガーには LH様活性のみが含まれ、FSH 活性はありません。自然月経周期におけるFSH/LHサージの FSH の役割は完全には明らかではありませんが、FSH は顆粒膜細胞上で LH 受容体の形成を誘導し、排卵過程において卵子の成熟とその後の黄体形成に重要な役割を果たすとされています。
誘発直前のFSHはマウスでは卵子成熟に必須ですが、ヒトの体外受精の卵巣刺激時の卵子成熟ではFSHの重要性は低いようです。これは複数卵を育てるときに既にFSHは大量に投与されていて事前に顆粒膜細胞上で LH 受容体の形成が終了していると考えられています。
もう一つのトリガーに体内のFSH/LHを起こさせるGnRHアゴニストトリガー(ブセレリン点鼻液など)があります。いくつかの臨床研究では、hCGトリガーと比較して、得られる成熟卵数がわずかに増加していること、卵丘卵子複合体の膨化がより進んでいることが認められています。
ヒトの卵子成熟に作用する調節経路は部分的にしか解明されておらず、動物モデルでの重要なメカニズムの多くがヒトでは当てはまらないことがわかってきています。現在では、ヒトの卵子成熟は、排卵過程の最初の17~19時間の間に行われることが明らかになっています。最近の研究では、タンパク質と遺伝子の発現両方のレベルで、卵子成熟を促進する経路が複数活性化されていることが分かっており、hCGトリガーはその中の主要な部分の一部に作用していると考えられています。

文責:川井清考(院長)

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