hCGトリガーのホルモン動態をさぐる(体外受精編:その2)(論文紹介)

プロゲステロンは、胚の着床と妊娠初期の維持を可能にするための子宮内膜の分泌期に変化させるのに不可欠なホルモンです。黄体中期に着床した後は着床した胚からhCGが分泌されることで、プロゲステロンの継続的な分泌と黄体の機能が維持されます。体外受精ではプロゲステロン分泌はhCGトリガー濃度に依存する部分が大きくなります。

Claus Yding Andersenら. Fertil Steril. 2020. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.022

③hCGトリガーから着床時期までのhCGホルモン動態
ポイント:採卵5~6日後には、大多数の女性が黄体期のLHの生理的濃度を下回る状態になります。
hCG トリガーは自然月経周期では着床しない限り発現しないホルモンですから生理的ではない状態となります。LHと同様の効果があるとしてもhCGトリガーは投与直後にhCGの急激な上昇をしますし、最大濃度の高さ、長時間の持続する点でも異なります。
この後議論される数値はVuongらのデータが参考になりますが、アンタゴニスト法で卵巣刺激を行い、6,500 IUの組換えhCGにて排卵誘発(トリガー)をした160人の女性を対象にした研究でトリガー後0、12、24、36時間後、採卵後最初の6日間は毎日hCGとプロゲステロンの濃度を測定しました。
hCGの最大濃度はトリガー後19時間後にみられ、12時間後のhCG平均濃度は126 IU/Lでした。自然月経周期のLHピークレベルは、サージの開始から24時間後に平均濃度40〜60 IU/L、12時間後の濃度は約25 IU/Lでした。トリガー12時間後には、自然月経周期と比較して、hCGトリガー後のLH様活性の濃度が平均5倍になります。6,500IUのhCGトリガーと自然月経周期のLHトリガーの曲線下面積を考慮すると、最初の48時間の間にhCGトリガーの方が5倍強いシグナルが入っています。
他の報告でも同様にGnRHアゴニストトリガーとhCGトリガーを比較した研究で、採卵時におけるプロゲステロン濃度がGnRHアゴニストトリガー群よりもhCGトリガー群の方が3倍高かったことが示されています。

hCGトリガーのもう1つの効果は、卵巣刺激時にFSH/LHの不活性化のために採卵後、黄体機能不全になるのをhCGレベルが持続的に維持されることにより黄体によるプロゲステロン産生をサポートできる点です。しかし黄体期のLH様活性の生理的濃度(すなわち、LHまたはhCGのいずれか)が約5 IU/Lであるとすると、Vuongらのデータでは採卵後の女性の17%、59%、89%が採卵後4日、5日、6日でそれぞれ5 IU/L未満であることになります(採卵後4日、5日、6日の hCG 中央値はそれぞれ 8.2、4.6、2.4 IU/L)。つまり着床時期(採卵後6日、7日目)には、プロゲステロン分泌の刺激をhCG が担うことができなることより外因性の黄体補充が必要となります。
反対に自然月経周期のLHピークでは、着床時期(採卵後6日、7日目)にプロゲステロン濃度はピークをむかえます。

④hCGトリガーから着床時期までのプロゲステロンホルモン動態

  • hCGトリガーはプロゲステロン濃度の急速な増加を誘導し、12~24時間後には、自然月経周期の黄体期ピーク濃度を超え、潜在的に着床の窓を前にずらします。
  • hCGトリガー後のプロゲステロンのピーク濃度に達する時期は自然黄体期に比べて平均して2日進んでおり、ほぼ20%の患者が術後2~3日でピーク濃度となります。
  • hCGトリガー後の大多数の女性は、プロゲステロン濃度がピークに達してから着床時期まで急激に濃度が低下します。
  • 黄体期初期のプロゲステロン濃度には患者間で大きなばらつきがあり、hCG刺激に対する感受性にはかなりのばらつきがあります。

自然月経周期の黄体期では、着床時期に25nmol/Lのプロゲステロン濃度があれば十分であると考えられています。Vuong らのhCGトリガー後のデータでは自然周期のプロゲステロンピーク濃度をトリガー後12時間から24時間(つまり採卵前)の間に超えていて、その後もゆっくり上昇していきます。
hCGトリガーにより黄体期初期にプロゲステロン濃度が高くなるのは複数の発育卵胞があること、高いhCG濃度にさらされていること、卵巣刺激(FSH 投与)により顆粒膜細胞上のより多くの LHレセプターが発現していることが理由と考えられます。
もちろん、これらは高刺激(この論文では14mm以上が11個くらい)での話ですが、結果として着床の窓が前にずれ、胚と子宮内膜の間に非同期性を引き起こします。
次にhCGトリガー後のプロゲステロンピークはどこにあるのでしょう。
採卵後4日に多い傾向でしたが、患者間でかなりのばらつきがありました。5人に1人が採卵後2-3日にピークに達しており、着床時期(採卵後6日)にピークに達したのは7人に1人しかしませんでした。つまり、hCGトリガーを受けた85%の女性で、自然月経周期のプロゲステロンピークより前にピークに達していました。プロゲステロン濃度がピークに達してから日から着床時期(採卵後6日)までのプロゲステロンの平均減少率は、ピークから2日程度で半減することが分かっています。
プロゲステロン濃度が採卵後2-3日に最高濃度に達する時に既にhCG濃度が140 IU/Lから9 IU/Lに低下している時期でhCG濃度とプロゲステロン濃度にはタイムラグが生じてることはホルモン動態をイメージするうえで大事なことです。
いくつかの研究では、妊娠継続率・臨床成績と着床時期(採卵後6日)のプロゲステロン濃度を調べられていますが、プロゲステロンが低いと妊娠初期流産や妊娠継続率・臨床成績の低下を認めるようです。ただし、上記に示したように採卵後2-3日にプロゲステロン濃度がピークに達してから急激な低下することが悪影響を及ぼすという考えもあり一概に結論はだせません。

hCGトリガー後のhCG濃度が低く、プロゲステロン濃度が低いリスクファクターはBMIが高く、卵巣刺激期間が短く、AMH値が低く、卵胞径≧11mmと卵胞径≧14mmの数が少ない症例でした。

hCGトリガー後のホルモン動態を意識しながら黄体補充の方法(黄体ホルモンの投与量と開始時期)を患者ごとに調整すれば、黄体補充がより効果的になる可能性があることは明らかであり今後の臨床研究に期待されています。

文責:川井清考(院長)

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