排卵誘発時のプロゲステロンの上昇は胚質に影響する?(論文紹介)

卵巣刺激を行っている女性の中には、排卵誘発日に血清プロゲステロンが上昇する方がいますが、胚の質への影響は明らかではありません。
1991年、Schoolcraftらは、hCG投与日に血清プロゲステロン値が高いと、臨床的な妊娠に悪影響を及ぼすことを記述しました。排卵を伴わずプロゲステロン値の上昇する理由は卵巣刺激による発育卵胞数が多いために一つ一つから少量のプロゲステロンが出ることによりプロゲステロン値が軽度上昇すると考えられています。
排卵誘発日に血清プロゲステロンが上昇に関しては①着床、②胚質という二つの観点で議論されることが多いです。

  1. 着床
    新鮮胚移植では排卵誘発日に血清プロゲステロンが上昇した場合、妊娠率が低下することがわかっています。これは、子宮内膜の成熟に伴う変化の結果、胚と子宮内膜の間に非同期性が生じるためと考えられます。
  2. 胚質
    卵巣刺激による排卵誘発日に血清プロゲステロンの上昇が卵子や胚の質に影響を与えるかどうかは結論が出ていません。hCG投与日にPが1.5ng/mLを超えると胚の質に悪影響を及ぼすことを支持する論文(Huang Bら.PLoS One. 2016、Racca Aら. Hum Reprod. 2018、Vanni VSら. PLoS One. 2017)、影響がないとする論文(Ubaldi Fら. Hum Reprod. 1995、Melo MABら.Hum Reprod. 2006、Lahoud Rら.Arch Gynecol Obstet. 2012、Xu Bら.Fertil Steril. Elsevier Inc. 2012、Racca Aら.Hum Reprod. 2020)ともに存在して結論がでていません。

今回の論文は②胚質を排卵誘発日の血清プロゲステロンが高い患者、低い患者の2群にわけて着床前診断で検討しています。

≪論文紹介≫

Pardiñas ML, et al. J Assist Reprod Genet. 2021.DOI: 10.1007/s10815-021-02197-y

2016年1月から2018年12月までに一施設(スペイン)で治療をうけた25-46歳の1597人の患者を血清プロゲステロン値によって2つのグループ(1.5ng/mL未満と1.5ng/mL以上)に分けました。各患者にはESHRE(ヨーロッパ生殖医学会)の卵巣刺激コンセンサスに従いGnRHアンタゴニストプロトコルにて刺激を行い、ICSIを行い、胚盤胞まで培養し、着床前検査を実施しました。血清プロゲステロン値はトリガー当日(排卵誘発日)に測定しました。
傾向スコアマッチングとポアソン回帰を行い解析しました。女性年齢、BMI、卵巣感受性指数、成熟卵の回収卵子数が結果に影響するかどうかも検討しています。検討評価項目は異数性率(MII卵子1個当たり、生検胚1個当たり)、胚生検率、正常核型胚の絶対数、最高品質胚率、出生率としました。
結果:
血清プロゲステロン値の上昇は、今回の検討評価項目(異数性胚率やその他の胚品質など)とは有意な関連はありませんでした。女性年齢は、異数性率(MII卵子1個当たり、P < 0.001、生検胚1個当たり、P = 0.008)、胚生検率(P < 0.001)、異数性胚の絶対数(P = 0.008)、最高品質胚率(P = 0.008)と関連する唯一の変数でした。
結論:
血清プロゲステロン値の上昇は,GnRHアンタゴニストプロトコルによるICSIサイクルにおいて,異数性率、正常核型胚数などに影響を与えませんでした。

≪私見≫

今回の結果からも排卵誘発日に血清プロゲステロン値が上昇した患者は、胚の質が低下することはないと考えられます。私個人としても同様の印象をもっています。
ただし、この論文の最後にも触れられているのですが、卵巣機能が低下している発育卵胞数が少ないのに血清プロゲステロン値が微増してくる症例に関しては検討を行っていないので、これからの検討が必要だと考えられます。

とても余談になりますが、この論文では卵巣感受性指数(OSI: ovarian sensitivity index)という項目も評価対象としています。OSI=回収できた成熟卵胞数/ゴナドトロピン総投与量×1000で評価されるようです。
卵質とは影響しなさそうですが、患者様の至適HMG投与量の検討には利用できそうかと考えております。

文責:川井清考(院長)

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