お酒をやめても精子への影響は1ヶ月以上つづく?
≪研究紹介≫
精子のRNAの変化はアルコール摂取を中断した後も持続し、精巣上体でのミトコンドリア機能障害とも相関する。
Alterations in sperm RNAs persist after alcohol cessation and correlate with epididymal mitochondrial dysfunction.
Roach AN et al. Andrology. 2023 Dec 3. doi: 10.1111/andr.13566. PMID: 38044754.
近年アルコール摂取と健康被害について注意喚起がより積極的に行われるようになってきた感があります。WHOは、No level of alcohol consumption is safe for our healthとしています(2023年1月4日のNews release)。つまり健康上適量のアルコール摂取量はないということです。厚生労働省が最近出した健康に配慮した飲酒に関するガイドラインでも以下のような記載があります:
「飲酒量(純アルコール量)が少ないほど、飲酒によるリスクが少なくなるという報告もあります....例えば、高血圧や男性の食道がん、女性の出血性脳卒中などの場合は、たとえ少量であっても飲酒自体が発症リスクを上げてしまうこと、...」
以前、遺伝的にアルコールが弱い方はアルコール摂取によって精液所見が悪化してしまうという研究結果を紹介いたしました。今回の研究は、アルコールの悪い影響がどのくらい長くつづいているのかということについて基礎研究で検討したものです。
≪研究の要旨≫
研究の背景として挙げられていることとして、妊娠前の父親が習慣的にアルコール摂取をしていると、精子のエピゲノム(遺伝子発現を制御する機構の一つ)が悪影響を受けること、継続してアルコール摂取をしていた男性では、そのこどもの胎盤や頭蓋の成長が障害されることが知られています。一方で、男性の生殖細胞(精子を作る細胞)に対する障害(今回はアルコール暴露)を取り除いた後に、精子のエピゲノムの異常がどのように回復していくのかついてはまだ不明のため、今回の研究が立案されました。
つまり、精子を通して次世代の子供に伝わる可能性のあるエピゲノムの変化が、毎日のアルコール摂取を中止してから1ヵ月後に元に戻るかどうかを検討することがこの研究の目的です。
研究の方法は次のようになっています。オスのマウス(C57BL/6J雄)に6%または10%のアルコールを含んだ水を10週間飲ませ、次の4週間はアルコール投与を中止しました。その後精巣上体におけるRNAの発現パターンを調べました。次に、精子のsmall RNAの発現量を比較しました。
結果です。
精巣上体の頭部では、習慣的なアルコール摂取により、ミトコンドリア機能、酸化的リン酸化、および一般的なストレス反応(EIF2シグナル)に関連する転写制御に変化が起きていました。精巣上体のミトコンドリアDNAコピー数の変化がアルコール摂取により起きており、これはアルコールに影響を受けた引き起こされた精子のミトコンドリアDNAの含有量の増加と相関していました。精巣上体の体部において、ミトコンドリアDNAコピー数の増加はアルコール摂取を中止して1ヵ月が経過した後でも持続していました。アルコール摂取を中止して1ヵ月経過した後の精子のRNA(non-coding RNA)の発現を対照群(アルコール非摂取群)とアルコール摂取群で比較したところ、mir-196aが後者で約100倍増加していました。mir-196aは核内因子erythroid 2-related factor 2(Nrf2)という遺伝子により抗酸化反応の一部として誘導されるmicro-RNAです。
結論です。
アルコール摂取により引き起こされたマウスの精巣上体のミトコンドリア機能障害と精子のRNA (non-coding RNA)の発現の異常が、アルコール摂取中止後も持続したままであることが明らかになりました。また、mir-196aおよび精子ミトコンドリアDNAコピー数の変化を観察することにより、精子によって次世代に遺伝するエピゲノムの異常を評価できるバイオマーカーとなる可能性が示唆されます。
≪筆者の意見≫
妊活中の男性パートナーの方、とくにお酒に強くない方にはアルコールをなるべく控え得るようにお勧めしています。その場合、どのくらいの期間控えれば良いのかというのが問題となってきます。以前のブログで初回した研究では、精液検査の1ヶ月前のアルコール摂取量が精液検査悪化と関連していましたので、そのくらいは控えた方が良いと考えていました。今回の研究は動物実験ですが、アルコールが酸化ストレスとなり、アルコールを1ヶ月やめていても精子に起きている酸化ストレスに対する反応(エピゲノムの異常な変化)は元に戻っていなかったということですので、もっと長くアルコールを控えた方が良い可能性があります。
担当医としては健康的な生活を送って、健康的な父親になり、健康的な赤ちゃんを授かってほしいといつも考えています。あまり好きでもないのに仕事の関係でお酒に付き合わされている方で、妊活を理由にお酒を控えることによって体調が良くなったという方や、単にやめたら体調が良くなったという方もいらっしゃいます。
もちろん世の中にはアルコール以外も体に悪い食べ物や習慣はたくさんあるので、アルコールを控えたからといって健康を維持できるというわけではありません。好きなものを我慢するのも辛いので、できる範囲でなるべく長くアルコールを控えていただければと思っています。
文責:小宮顕(泌尿器科部長)
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