精子数はダイエットによる体重減少に伴って増加し、運動またはGLP-1アナログ治療によって維持される(論文紹介)

Q.肥満で悪化した精液所見は、減量で改善するのでしょうか?
A.減量した後、運動やGLP-1受容体作動薬(liraglutide;ビクトーザ)の注射で体重を維持することで改善が期待できます。

≪今回ご紹介する論文≫

精子数はダイエットによる体重減少に伴って増加し、運動またはGLP-1アナログ治療によって維持される:無作為化比較試験の結果
Sperm count is increased by diet-induced weight loss and maintained by exercise or GLP-1 analogue treatment: a randomized controlled trial

Andersen E, et al., Hum Reprod. 2022 Jun 30;37(7):1414-1422. PMID: 35580859.

BMIが高い場合や、肥満は、精子数や精子運動率、精子正常形態率の低下を来し、男性の妊孕能の原因となります。一方、減量によって精液所見がうまく改善するかどうかまだエビデンスに乏しい状態です。S-LiTE試験(Lundgren JR et al., New Eng J Med, 2021)は、食事による減量介入後、運動、GLP-1受容体作動薬治療(リラグルチド、liraglutide)またはその併用により減量を維持する臨床試験で、肥満による代謝への有害な作用が減量により大きく回復することを示した研究です。この論文の研究はS-LiTE試験の一部として実施されたものです。リラグルチド(liraglutide、ビクトーザ®︎)はGLP-1受容体作動薬で、我が国で2010年1月に認可されている2型糖尿病治療薬です。2009年7月に欧州医薬品庁(EMA)に承認された後、2010年1月にアメリカ食品医薬品局(FDA)に承認されていました。この薬剤は、身体活動性を上昇させたり、食欲を低下させたりする作用もありますので、成人の肥満症患者の低カロリーダイエットを補助する薬剤として、体重を長期的に維持管理する際に有用とされています。アメリカ合衆国では、BMI≥30kg/m2(肥満)または≥27kg/m2(過体重)で併存疾患(高血圧や2型糖尿病、脂質異常症)がある場合に承認されています。我が国では認可されていないため、自由診療で使用されているようです。
プレコンセプションケアの記事でも紹介されていますが、適切な体重を獲得し、維持することがとても重要ですが、食事量を減らすだけでは不十分です。この研究では、食事のコントロールで減量した後、運動またはリラグルチド(liraglutide)により体重を維持することにより精液所見がどうなるかを前向きの無作為化二重盲検として検討したものです。

≪論文の要旨≫

この研究は低カロリー食のダイエットによる体重減少が精液所見のパラメーターを改善するか、また、持続的な減少した体重を持続することによって精液所見が維持されるかを検討したものです。結論を先にご紹介すると、8週間の低カロリー食による減量後は、精子濃度および精子数の改善していました。また、減量を維持した男性では1年後もその精液所見が改善した状態が維持されていました。この研究について概説します。
これまでに知られていることとして、肥満は精液の質の低下と関連していることがあります。また、減量によって肥満の健康への影響が改善されますが、減量することによる精液パラメータへの早期および長期的効果についてはエビデンスに乏しいということがあります。
この研究デザインは以下のようになっています。無作為化対照二重盲検試験である「S-LiTE試験」という肥満男性の研究に付随して行われました。今回ご紹介している研究は臨床試験で、2016年8月から2019年11月の間に実施されたものです。合計56名の男性がこの臨床試験に参加し、まず8週間の低カロリー食(800 kcal/日)によるダイエットを行ないました(n=47)。5%の体重減少が得られた症例は、続けて52週間の以下の4つのいずれかのプログラムにランダムに割り付けられました(n=37):
 i)プラセボと習慣的活動(プラセボ群)(8名)
 ii)運動トレーニングとプラセボ(運動群)(9名)
 iii)グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)アナログのリラグルチドと習慣的活動(リラグルチド群)(7名)
 iv)リラグルチドと運動トレーニング(組合せ群)(13名)
参加者の組み入れ基準は、以下のようになっています。精液検体を提供した男性で、年齢は18~65歳、肥満度(BMI)が32~43kg/m2、肥満以外は問題なく健康な症例です。本研究はHvidovre病院とCopenhagen大学で実施され、参加者はCopenhagen市およびその周辺部に住んでいる男性でした。精液所見のパラメータと身体測定値を評価し、8週間の低カロリー食事介入前(T0)、介入後(T1)、さらにその52週間後(T2)に血液サンプルを採取しました。
結果は以下の通りになっていました。参加男性では、低カロリーダイエット中に体重が平均16.5kg(95%CI:15.2-17.8)減り、精子濃度が1.49倍(95%CI:1.18-1.88、P < 0.01)、精子数が1.41倍(95%CI:1.07-1.87、P < 0.01)増加しました。これらの改善は、体重減少が良好に維持された男性では52週間維持されましたが、体重の維持が不良と判断された男性では維持されませんでした。精液量、精子運動率、運動精子数には変化がありませんでした。
この研究の意義は、肥満の男性が、食事制限による減量(ダイエット)をした後に精子濃度と精子数が改善されることを示したことです。さらに、体重維持の方法としてリラグルチドと運動のいずれか、または両方を用いることで、精子濃度と精子数の改善を維持できる可能性が示されています。
研究の限界(limitation)、注意すべき点としては、S-LiTE試験は、減量維持の無作為化対照試験であるあることです。精液の分析は、減量と減量維持の精液所見のパラメータへの影響を検討するに事前に登録されていましたが、明確な推論を行うことはできないとしています。

表1. ダイエット前(T1)と後(T2)の体重、精液所見

  ダイエット前(T0)(n=47) ダイエット8週間後
(T1)(n=47)
体重 (kg) 122.3 (±13.7) 105.8 (±12.5)*
BMI (kg/m2) 37.0 (±2.8) 32.0 (±2.9)*
胴位(cm) 119.3 (±8.4) 106.1 (±9.0)*
     
精液量 (mL) 2.5 (±1.3) 2.6 (±1.7)
 <1.5 mLの症例 11 [23] 14 [30]
精子濃度 (x10^6/mL) 78.5 (±74.9) 91.7 (±70.8)*
 <15 x10^6/mLの症例 8 [17] 6 [13]
総精子数 (x10^6) 191.2 (189.4) 250.6 (±319.4)*
 <39 x10^6の症例 11 [23] 9 [19]
精子運動率 (%) 33.3 (±20.2) 31.5 (±20.4)
 <40%の症例 30 [64] 32 [68]
総運動精子数 (x10^6) 71.3 (±90.9) 83.7 (±115.7)
 <1x10^6の症例 6 [15] 1 [2] *
  平均(±標準偏差) 平均(±標準偏差)
  n [%] n [%]

*有意差あり

表2. 体重減少を維持する2つのグループ:維持が不良な症例(n =19)と維持が良好な症例(n =18)の臨床的特徴の一部を、体重減少前(T0)と52週後(T2)に示した。

  維持不良症例 (n = 19) 維持良好症例(n = 18)
因子 ダイエット前
(T0)
52週後
(体重維持プログラム後)(T2)
ダイエット前
(T0)
52週後
(体重維持プログラム後)(T2)
年齢 45 (範囲 28–63)   37 (範囲19–60)  
体重 (kg) 121.3 (±12.9) 113.7 (±13.3)* 124.3 (±15.5) 102.9 (±19.0)*
BMI (kg/m2) 37.4 (±3) 35.1 (±3.0)* 36.2 (±2.1) 29.9 (±3.9)*
胴位 (cm) 119.6 (±9.6) 113.0 (±8.9)* 118.6 (±8.3) 98.8 (±11.9)*
         
精液量(mL) 2.8 (±1.6) 2.2 (±1.1) 2.7 (±1.2) 3.0 (±1.2)
精子濃度 (x10^6/mL) 96.9 (±59.0) 90.6 (±78.6) 52.0 (±56.1) 63.0 (±52.3)*
総精子数 (x10^6) 235.2 (±160.4) 186.4 (±142.9) 154.3 (±191.1) 206.2 (±222.1)*
精子運動率(%)  39.9 (±16)  29.7(±17.2)b 36.0 (±24.5) 22.3 (±14.9)
総運動精子数 (x10^6) 73.6 (±52.4) 47.9 (±44.4)b 65.2 (±100.3) 56.9 (±72.3)

T0からT2までの体重減少の中央値は11.7kgで、この値を境に維持良好[平均体重減少21.4kg(95%CI:16.8-26.1kg)、18症例]と維持不良[平均体重減少7.6kg(95%CI:5.8-9.4kg)、19症例]に分けています。

≪筆者の意見と考察≫

この研究では、肥満の方は低カロリーのダイエット後8週間で精液所見の改善が見込めること、体重を維持できなければまた悪化すること、維持するには積極的なしっかりとした運動トレーニングあるいはリラグルチド注射が有効なことが証明されました。体重の維持に入った後は、iv)リラグルチドと運動トレーニング(組合せ群)がもっとも体重維持に有効で、ついでii)運動トレーニングとプラセボ(運動群)とiii)グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)アナログのリラグルチドと習慣的活動(リラグルチド群)がよく、i)プラセボと習慣的活動(プラセボ群)では体重が増加してしまったと述べられています。運動はトレーナーと一緒にすることが重要です。また、精液所見については、各群別にみると症例が少なくなってしまいますが、リラグルチド群と組合せ群、つまりリラグルチド注射群で精液所見の改善が維持良好とされていました。
体重コントロールに王道はないのですが、リラグルチドを用いることはやはり有効なようです。米国で認可されているだけのことはあります。残念ながら我が国では保険診療で用いることはできませんので、自費で用いることになります。
一方、今回の研究は、患者背景に注意する必要があります。BMIが32-37のかたというのが症例登録の基準です。実際には、体重は平均122.3 (±13.7)kg、BMIが平均37.0 (±2.8) kg/m2、胴位が平均119.3 (±8.4)cmとかなりの肥満の症例です。当施設受診者のうちBMI 32-43の方は、3.8%ですので、対象になるかたは少ないのですが、確実に存在することも確かです。BMIは体組成を正確には表していないので、今後は、もっと肥満度が低い症例や、体組成計でのデータを用いた研究結果が待たれます。当院では、BMI30以上の方には積極的に栄養食事指導をお奨めしていますが、これだけではやはり不十分かもしれません。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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