不妊カップルの息子の精液所見(論文紹介)

Q. 自分たちが不妊症だと息子も不妊症になるのでしょうか?
A. あまり心配はないようです。

≪今回ご紹介する論文≫

不妊症夫婦の息子における精液所見と性ホルモン値についてのコホート研究
Semen quality and reproductive hormones in sons of subfertile couples: a cohort study
Arendt LH et al., Fertil Steril. 2022 Oct;118(4):671-678. doi: 10.1016/j.fertnstert.2022.06.035.

不妊症の夫婦から生まれた子供で、その子が男児(息子)だった場合、男性不妊症になるのかどうかということを心配になる方もいると思います。これまでにも、顕微授精やその他の不妊治療歴がある両親から生まれた男性の精液所見が、自然妊娠の結果生まれた男性の精液所見よりも悪い結果であるという研究結果はありましたが、患者数が数十名と小規模なものでした。今回の研究はもっと大規模なデータベースを用いた研究で同様な検討をしています。

≪研究の要旨≫

この研究の目的は、妊娠までの期間と生殖補助医療の利用の有無によって評価される両親の妊孕能と、その両親から生まれた男性の妊孕能(リプロダクティブ・ヘルス)との関連を調査することです。研究のデザインは、コホート研究で、調査地はデンマークです。
研究の対象者となったのは、Danish National Birth CohortのサブコホートであるFetal Programming of Semen quality cohortに含まれる男性1,058人です。
研究方法は以下のようになっていました。2017年から2019年にかけて、男性の参加者を募り、精液および血液サンプルを採取しました。その両親の妊娠までの期間と生殖補助医療の利用(治療の種類を含む)、および人口統計学的指標、健康、ライフスタイルの各要因に関する情報を入手しました。二項回帰分析を用いて、妊娠までの期間と生殖補助医療の利用による有無により、生まれてきた男性の精液検査所見や性ホルモン値の差があるかどうかについて検討した。妊孕能別に症例は以下の6つのカテゴリを定義されました:自然妊娠で妊娠までの期間が5ヶ月(基準)、自然妊娠で妊娠までの期間が6-12ヶ月、自然妊娠で妊娠までの期間が12ヶ月以上、排卵誘発または人工授精(IUI)後に妊娠したカップル、体外受精または顕微授精卵細胞質内精子注入法(ICSI、顕微授精)後に妊娠したカップル、計画外の妊娠の6つのカテゴリを設定しました。
主なアウトカム評価項目は、精液検査のパラメータ(精液量、精子濃度、総精子数、精子運動率、精子正常形態率)、精巣体積、性ホルモン値(卵胞刺激ホルモン、黄体形成ホルモン、テストステロン、エストラジオール、性ホルモン結合グロブリン、フリーアンドロゲン指数)でした。
結果は以下のようになっていました()。全体として、妊娠までの期間が6ヶ月以上、または人工授精を行ったと報告した両親からの息子において、成人後に検査した精液所見および性ホルモン値のレベルは低くはありませんでした。体外受精または顕微授精で妊娠の結果生まれた息子では、成人後に検査した精液検査において、精子濃度が高く(29%;95%CI、-7%〜79%)、精子正常形態率が高い傾向をしめしました(20%;95%CI、-8%〜56%)。しかしながら有意な差は認めませんでした。さらに、体外受精または顕微授精でうまれた息子たちは成人後の女性ホルモン(エストラジオール)値がわずかに高値でした(30%;95%CI、7%〜57%)。ただし、認められた絶対的な差は小さく、これらの差についての臨床的な意義は不明であるとしています。
結論は以下のようになります。大規模な研究結果では、不妊症の夫婦が妊娠した子、あるいは生殖補助医療を用いた子において、精液の質、性ホルモン値に大きな差は認められませんでした。

表. 親の妊孕能(不妊の状態)による精液所見の相対的な差(単位:%)、FEPOS、2017-2019年。

  項目 精液量 (mL) 精子濃度
 (100万/mL)
総精子数 (100万)
  患者数 834名 1,007名 834名
    調整前 調整後
(95 CI)
調整前 調整後
(95 CI)
調整前 調整後
(95 CI)
妊娠まで≤5ヶ月 632名 Ref. Ref. Ref. Ref. Ref. Ref.
妊娠まで6–12ヶ月 110名 −11 −9
(−17; 0)
−2 −1
(−17; 17)
−13 −10
(−25; 8)
妊娠まで≥12ヶ月 72名 3 2
(−9; 16)
10 21
(−5; 57)
−5 0
(−19; 22)
人工授精 40名 6 8
(−10; 29)
1 4
(−21; 37)
−6 9
(−18; 46)
体外受精/顕微授精 23名 7 −3
(−23; 20)
38 29
(−7; 79)
32 5
(−28; 54)
計画にない妊娠 175名 9 12
(3; 22)
−5 −2
(−15; 22)
−5 5
(−11; 23)
  項目 精子運動率(%) 精子正常形態率 (% ) 精巣体積 (mL)
  患者数 984名  984名 1,005名
    調整前 調整後
(95 CI)
調整前 調整後
(95 CI)
調整前 調整後
(95 CI)
妊娠まで≤5ヶ月 632名 Ref. Ref. Ref. Ref. Ref. Ref.
妊娠まで6–12ヶ月 110名 4 5
(4; 13)
7 7
(−8; 24)
−4 −5
(−12; 2)
妊娠まで≥12ヶ月 72名 0 2
(−9; 12)
−17 −13
(−28; 6)
0 1
(−8; 11)
人工授精 40名 9 9
(−6; 23)
3 6
(−15; 34)
−10 −8
(−17; 2)
体外受精/顕微授精 23名 3 2
(−19; 20)
17 20
(−8; 56)
−6 −5
(−19; 11)
計画にない妊娠 175名 3 4
(−3; 11)
−2 −2
(−13; 11)
3 1
(−5; 8)

95 CI, 95%信頼区間.

≪筆者の意見≫

これまでも不妊症治療の結果生まれた子供の精液検査所見が悪化しているというような報告がありました。そうなのだろうなという結果でしたが、症例数が少ない研究でした。今回はもっと大規模な研究で、症例数が多いということで、より意義があると思われます。ただし、妊娠までの期間が5ヶ月以下の症例の632名に比べて、IUIのかたが40名、体外受精/顕微授精が23名と少なかったので、これまでの研究と大差がないとも言えます。結果としてはあまり大きな差がないので心配なさそうだということです。さらに、体外受精でうまれた男性では、逆に精液所見が良い傾向という結果でした。このデンマークの結果が我が国にそのまま適応することは難しいとは思います。前回挙げたWHOの精液所見の地域差の結果をみると、アジア人の方がヨーロッパ人に比べて総運動精子数の下限値が低く、妊孕能が高い傾向があります。やはり不妊症治療の結果生まれたお子さんが男の子だったとしても、その息子さんが、将来子供ができにくくなるほど精液所見が悪くなるということは心配しなくてもよいと考えられます。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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