WHO2021精液地域差(論文紹介)
Q.精液所見は地域によって違いがあるのでしょうか?
A.WHO第6版の精液検査の基準値に用いられたデータでは、有意な地域差がありました。
≪今回紹介する論文≫
世界保健機関(WHO)の精液検査の基準値に使用されたデータから見た精液パラメータの地理的な違いについて
Geographic variation in semen parameters from data used for the World Health Organization semen analysis reference ranges
Fertility and Sterility Volume 118, Issue 3, September 2022, Pages 475-482
精液検査の基準値は定期的に改定されています。1年以内に妊娠した方の精液検査の結果を用いていて10年くらいで更新されています。最新版は、第6版で、2021年7月27日付で発刊されています。
なんでもそうですが、地域差や人種差が存在します。遺伝的な違いや生活様式、食生活など様々な要因が影響します。この論文は、WHOの公開されている精液検査のデータを用いて地域差があるかどうかを検討したものです。大変興味深い内容になっています。基準値として、最も低い5%というところでカットオフを設定しているのですが、そこにも違いがあるということです。
≪論文の要旨≫
この研究の目的は、世界保健機関(WHO)2021年版マニュアルの基準範囲を定めた試験のデータを用いて、精液検査のパラメータに地理的な違いがあるかどうかを検討することです。
研究のデザインとしては、世界保健機関(WHO)の基準範囲を定義するために使用されたデータを後ろ向きに評価しました。
対象症例は、5大陸で行われた3,484人の参加者(12ヶ月以内に女性パートナーが自然妊娠した)を含む11の研究からのデータです。解析方法は以下の通りです。地理的な場所(大陸)によってデータを分けて解析しました。主要な評価項目は、精子パラメータの地理的な差異があるかどうかです。
地域は以下のように分けられました:
- ヨーロッパ(デンマーク、フランス、スコットランド、フィンランド、ギリシャ、ノルウェー)
- アジア(中国、イラン)
- オーストラリア
- 北米(米国)
- アフリカ(エジプト)
結果は以下のようになりました:
精液量は、アジアとアフリカの精液検体で、他の地域より有意に少ない結果でした。精子濃度は、アフリカで最も低く、オーストラリアで最も高値でした。総運動精子数(TMSC)および前進運動精子の総数(TMPS)は、アフリカで他の地域より有意に低値でした。アジアと米国のTMSCとTMPSは、ヨーロッパとオーストラリアよりも有意に低値でした。精子濃度の5パーセンタイル(全体のうちでもっとも低い5%のところ、表1)は米国で最も低値でした(12.5 × 10^6/mL)。正常精子形態率の5パーセンタイルは米国で最も低く(3%)、アジアで最も高値でした(5%)。TMSCとTMPSの5パーセンタイルは、アフリカ(TMSC:1508万、TMPS:1206万)と米国(TMSC:1805万、TMPS:1686万)で最も低く、オーストラリア(TMSC:2961万、TMPS:2580万)で最も高値でした。
結論は以下のようになります。
精液検査のパラメータには地理的に有意な差がありました。そこで、それぞれの地域の生殖医療に従事する団体では(たとえば日本では日本生殖医学会や日本受精着床医学会など)はその地域の経験や治療成績に基づいて精液検査の独自の基準値を追加することを検討すべきであるとしています。
表1.精液パラメータの5パーセンタイル(精液所見の正常下限値に)相当における差異
地域 | 精液量(mL) | 精子濃度(10^6/mL) | 精子 運動率(%) |
精子前進 運動率 (%) |
精子正常 形態率(%) |
総運動精子数 (x10^6) |
ヨーロッパ | 1.6 | 15.0 | 42.2 | 32.0 | 4.0 | 24.9 |
米国 | 1.7 | 12.5 | 38.2 | 33.8 | 3.0 | 18.0 |
オーストラリア | 1.2 | 21.4 | 40.0 | 34.4 | 3.4 | 29.6 |
アジア | 1.2 | 20.0 | 41.0 | 26.0 | 5.0 | 21.9 |
アフリカ | 1.5 | 15.0 | 50.0 | 35.3 | 4.0 | 15.1 |
P値 | <0.01 | <0.001 | <0.01 | <0.001 | <0.001 | <0.01 |
全体 | 1.4 | 16.0 | 42.0 | 30.0 | 4.0 | 16.4 |
P値は分位数に基づく一元配置分散分析で算出。
≪筆者の意見≫
精液所見に地域差が明確にあることが示されていて大変興味深く貴重なデータだと思います。これだけ違うとやはり、地域に基づいたデータが必要だと思います。表に示したように、総運動精子数でみると、アフリカが最も少ない数で妊娠が得られ、ヨーロッパ系では最も多くの運動精子が必要で、アジアは中間くらいという結果です。アジアのデータは、中国とイランということで遺伝学的にはだいぶ異なった人種がひとつになっているので、このまま日本人の基準値とするのは難しいようです。やはり、全体の基準値を今後も使っていこうと思いますが、基準値ギリギリの方にはこのデータを紹介しても良いかもしれません。
文責:小宮顕(泌尿器科部長)
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