ストレス(知覚されたもの)と精液所見について(論文紹介)
男性不妊の原因は様々です。一般的に言ってストレスは溜めない方が良いですし、ストレスが影響して精液検査の結果がわるかったのではないかと思われる場合もよくあります。ストレスは様々で評価は難しく、研究によって精液検査との関連性についての結果が異なります。
この論文は、「知覚されたストレス尺度(Perceived Stress Scale、PSS)」という質問票を用いてストレスを評価して精液所見との関連を見たものです。ストレスフルな経験の中心的構成要素とみなされた、生活状況における予測不可能、統制不可能、過重負担の経験を10項目で尋ねる内容となっています。PSSはストレス評価を包括的にとらえる点が特徴で、この包括的なストレス評価とは、ライフイベント、日常のハッスルズ(苛立ち事)などの特定の事態に対する評価ではなく、個人の生活あるいは経験の総体におけるストレス評価を指しているものです(鷲見克典, 2006)。
≪今回ご紹介する論文≫
Perceived stress and semen quality
Andrology. 2022 Sep 24. doi: 10.1111/andr.13301. Online ahead of print.
≪研究の概要≫
この研究の背景として、生殖年齢にある男性は心理的ストレスを抱えていることが多いことがあります。また、疫学調査で精液所見の評価することは、データ収集が高価で面倒なためしばしば容易ではなく、知覚されたストレスの精液所見への影響を評価する研究の結果は一貫性がなかったことがあり、この研究が行われました。
本研究の目的は、知覚されたストレスと精液の質との関連性を検討することです。
研究の対象と方法は以下の通りです。2015~2021年の間に行われた2つの前向き妊娠前コホート研究:Pregnancy Study Online(PRESTO)の592名とSnartForaeldre.dk(SF)の52名の男性644名(精液1159サンプル)のベースラインのデータを解析に用いました。研究参加の時に、不妊治療なしで妊娠を試みる21歳以上(PRESTO)および18歳以上(SF)の男性に、生殖歴および病歴、社会人口統計学的項目、ライフスタイル、10項目版の知覚ストレス尺度(PSS:得点の四分位範囲(IQR):0-40)について解答してもらいました。登録後(週数中央値:2.1、IQR:1.3-3.7)、男性には、Trak®男性不妊検査システムを用いて、7-10日の間隔をあけて2回、自宅での精液検査を行ってもらいました。精液検査の項目(パラメータ)は、精液量、精子濃度、総精子数も用いました。一般化線形回帰モデルを用いて、潜在的な交絡因子を調整し、4つのPSS群(<10、10-14、15-19、≥20)における精液パラメータの平均値の差を評価しました。
結果は以下のようになりました。PSSスコアの中央値(およびIQR;値を4分割した中央の二つ)は15(10-19)、PSSスコア≧20の男性は136人(21.1%)でした。PSSスコアが20以上の男性と10未満の男性を比較すると、調整後の平均値の差(パーセント)は、精液量が-2.7%(95%CI: -9.8; 5.0)、精子濃度が+6.8%(95%CI: -10.9; 28.1)、総精子数が+4.3%(95%CI: -13.8; 26.2)でした。いずれも有意な差ではありませんでした。
結論として、この研究結果からは、ストレスの自覚と精液量、精子濃度、総精子数のいずれとも関連しないことが示されました。
≪筆者の意見≫
知覚されたストレスという聞きなれない尺度だと思います。
自分でもあまり考えたことはないのですが、かなり大雑把にいうと、生活を自分の思うようにコントロールできているかどうか自分がどうとらえているかと言うことになるかと思います。そのような指標でみてみると、精液所見とは関連がなかったと言うことです。この研究は、自宅での精液検査で、精液量や精子数を検討していますが、精子運動率や総運動精子数といった項目は評価できていません。神戸の大震災の際の研究報告では、自宅が壊れるような被害を受けた方では精子運動率が低下していましたが、精子数は変化がありませんでした(Fukuda M et al., Hum Reprod 1996)。
このようなストレスは今回の研究では判定できないことになります。また、もともとの精液所見が総精子数で平均で165x10^6とかなり良い方が対象になっていますので、男性不妊症の方というわけではないのでこのことからも解釈に注意が必要です。
この質問票を紹介しておきますので、自分でも試してみてください。ちなみに筆者は10点以下でしたので、この種のストレスは低く、自分で思うように生活できていると自覚しているということのようです。
知覚されたストレス尺度(Perceived Stress Scale、American Sociological Association 1983)の原文と日本語訳(鷲見克典、健康心理学研究2006年19巻2号p. 44-53)
各項目で、最近1ヶ月について
0 - 全くない 1 - ほとんどない 2 - 時々ある 3 - かなり頻繁にある 4 - 非常に頻繁にあると点数をつける。
1. In the last month, how often have you been upset because of something that happened unexpectedly? (予想もしなかった目にあってうろたえた)
2. In the last month, how often have you felt that you were unable to control the important things in your life? (大事なことを自分の思うようにできないと感じた)
3. In the last month, how often have you felt nervous and “stressed”? (神経質になり、“ストレス”を感じた)
4. In the last month, how often have you felt confident about your ability to handle your personal problems? (自分の個人的な問題を自分でかたづける能力に自信をもった)
5. In the last month, how often have you felt that things were going your way? (自分がものごとを思うようにコントロールできていると感じた)
6.In the last month, how often have you found that you could not cope with all the things that you had to do? (自分がしなければならないことすべてに応じきれていないと感じた)
7. In the last month, how often have you been able to control irritations in your life? (いらだたしいことを自分の思うようにすることができた)
8. In the last month, how often have you felt that you were on top of things? (いろいろなことが自分の思い通りにはこんでいると感じた)
9. In the last month, how often have you been angered because of things that were outside of your control? (自分の思い通りにならない出来事に怒りをおぼえた)
10. In the last month, how often have you felt difficulties were piling up so high that you could not overcome them? (難しい問題が山積みになっていて,解決できないと感じた)
第4問、第5問、第7問、第8問の点数を逆にする;
次のように点数を変える;0 => 4、1 => 3、2 => 2、3 => 1、4 => 0
合計点数が
0~13の場合は、低ストレス
14~26の場合は、中程度のストレス
27~40の場合は、高ストレス
文責:小宮顕(泌尿器科部長)
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