不妊治療の保険診療化~亀田IVFクリニック幕張院長川井の方針~

当院は2022年4月より、厚生労働省の掲げる「不妊治療に関する支援について」に沿って保険診療を開始します。
保険適用の対象にならない患者様においては、保険点数の10割の金額より従来の金額の方が治療費用の負担が少ないと判断し、2023年3月までは自費価格を据え置くことにします。当院が元々行っている治療には、今回の改定では先進医療として認められ、患者様の負担が追加で発生するものが複数あります。自費診療の患者様には、今までどおり現状のコストに含み提供致します。保険診療の患者様に関しては、治療上必要と判断する先進医療は当院成績も踏まえて開示し、ご相談のうえ導入させていただきます。

不妊治療の保険適用には様々な思いがありますが、今回の大きな改定を、短期間で計画・実施に導いた関係者の皆様の多大なご尽力を考えると、私たちも真剣に不妊治療の保険診療化に向き合って、よりよい診療を患者様に提供していきたいと考えています。

先日、不妊治療保険診療の研究会で「不妊治療の保険診療化には日本国民の大きな期待がある」という発言がありました。ここには、複数の意味合いがあり、①不妊症が病気として年齢層を問わず認知されること、②日本の少子化は深刻な事態となっていること、③不妊治療の透明性(医療内容や費用対効果)が欠如していたこと、が社会を大きく変化させたと感じています。
一方、治療回数制限や年齢制限、一部の治療に制限がかかり、日本の保険診療と自費診療の混合診療を許可しない体制では、逆に負担が重くのしかかってしまう患者様も少なくありません。こちらに関しては、不妊治療に関わる立場として状況をよりよくするように、患者様負担を軽減するという意味合いだけではなく、不妊治療のありかたを発信していきたいと思います。
不妊治療の保険適用に伴う通達が2022年3月現在、まだまだ追いついていないのが現状です。4月1日から保険診療を開始しますが、至らぬ点も多々あるかと思います。
何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします

不妊治療が保険診療になるにあたり、不妊治療医として心に留めておく必要がある内容の記事がありましたので、書かれてある内容を私の感想をふまえて記載させていただきます。
Tewes Wischmann, et al. J Assist Reprod Genet. 2022. DOI: 10.1007/s10815-021-02388-7
不妊で悩み生殖医療センターに受診されたときに生殖医師から、「私たちは、これから貴方たちカップルに子供を授かるように全力をつくします。しかし、もし私たちが失敗(貴方たちが妊娠・出産に至らない場合)したらどうしますか?」と質問されたら、どう考えるでしょうか。この論文は不妊治療の「プランB」「プランC」を考える必要性を説明しています。
不妊症は、多くの若いカップルにとって最もストレスの多い挫折の1つです。
確かに、病院で定期的に受診することもないでしょうし、不妊症を治療するために今いる環境の人々に迷惑をかけてしまうという今まで経験しなかった状況に遭遇します。
精神的にも身体的にも金銭的にも負担が大きい中で、フランス、アメリカ、イギリスのデータからも体外受精を続けても50-60%のカップルしか子供を授かることができないこともわかっています(Gameiro S, et al. BHum Reprod Update. 2012、McLernon DJ, et al. Fertil Steril. 2021、Troude P, et al. Reprod Biomed Online. 2016)。
結果として半数以上のカップルが不妊治療を「ドロップアウト」していきます(Gnoth C, et  al. Hum Reprod. 2011)。
不妊治療の「ドロップアウト」が不幸なことでしょうか。
私自身は、ドロップアウトも含めて夫婦が前を、向いて歩めるきっかけになれば、精神状態を崩してでも続けなくてはいけないという負の螺旋から一度距離をおくのも選択肢だと思っています。
ヨーロッパ生殖医学会のガイドラインによると体外受精で結果がでない場合、女性の4人に1人、男性の10人に1人がうつ病を発症し、女性の7人に1人、男性の20人に1人が不安障害を発症するとされています(Gameiro S, et al. Hum Reprod. 2015)。
だからこそ、カウンセリング環境が必要とされています。行うこととして不妊治療と関わる上での「ロードマップ」を作成することの必要性を訴えています。
不妊治療のテンポや侵襲性、休憩の取り方、そして何より限界(治療のやめどき)についてです。
そこで論文では「プランB」「プランC」の説明に移ります。国や宗教によって異なるので、ここからは私見で付け加えます。
自分達の卵子・精子で、体外受精で妊娠することを「プランA」とすると、「プランB」「プランC」は子供を諦めること、特別養子縁組、国内では中々難しいですが卵子・精子提供です。
患者カップルが今の治療施設の医療提案に納得しなければ同一施設で治療することを「プランA」とすると、「プランB」「プランC」は納得いく医療をうけるための転院、もしくは今いる施設で治療がうけられない高度医療を求めての転院となります。
大半が標準的な治療で妊娠できる不妊治療の保険適用を「プランA」とすると、「プランB」「プランC」は先進医療、保険適用・先進医療で認められていない自費診療(研究範囲内)となります。

「日本国民の大きな期待を背負った保険適用や先進医療で行うことができる不妊治療」は、プランAとなるわけなので、私たちが今できることはプランAの質を落とさないこと、そのために医療従事者・行政・患者様が一体となり、医療の質が低下するような質の低いものを使用しない・無駄な請求をしない・財源のために医療費を改訂ごとに削らない・医療をサービスだと思わない、という想いが、この治療の未来を豊かにすると信じています。
人同士の治療なので、合う、合わないは必ずあります。提供できるサービスにも限りがあります。患者様が治療に割ける時間も限られています。そのなかで良い医療だけ残っていくことを期待して4月を迎えたいと思います。

文責:川井清考(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。

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