睡眠の特徴は体外受精・顕微授精の治療成績と関連する?(論文紹介)

妊娠に対して、疫学研究が行われています。
食生活、身体運動、喫煙、アルコール消費など、いくつかの生活様式が体外受精成績に影響を与えることが報告されています。
動物実験では、睡眠が乱れるとメスの繁殖力が損なわれ、卵の産出量の減少、LHサージの異常、妊娠成功率の低下として現れることが示されています。
ヒトの研究では、短時間睡眠または睡眠障害は生殖年齢の女性における排卵障害、卵巣予備能の減少、妊娠までの時間の延長、不妊リスク上昇と関連するとされています。
採卵当日に睡眠に対するアンケート調査をとり、体外受精成績を比較した論文をご紹介いたします。

≪論文紹介≫

Qing-Yun Yao, et al. Hum Reprod. 2022. DOI: 10.1093/humrep/deac040

2018年12月から2019年9月の間に体外受精・顕微授精を受けた女性1,276名を対象に実施しました。
睡眠に関するデータは、採卵当日にアンケートを実施しました。体外受精結果はカルテより抽出しました。関連する交絡因子で調整した後の睡眠特性と生殖成績の関係を評価しました。主観的な睡眠の質(良い vs 悪い)および女性年齢(30歳未満 vs 30歳以上)による層別分析も行いました。
睡眠特性の評価は簡易型PSQI質問票を用いました。睡眠量(睡眠時間、睡眠中間時間(就寝時刻と起床時刻の中間点):MST)、自己申告による睡眠の質(良い、悪い)、入眠障害(ない、週1回未満、週1〜2回、週3回以上)、睡眠障害(ある、ない)、日中機能障害(ある、ない)、睡眠薬使用(ある、ない)を評価対象としました。夜間睡眠時間は、就寝時刻から起床時刻までの長さとしました。
結果:
睡眠時間が7-8時間の女性と比較して、7時間未満の女性では、採卵数および成熟卵子数がそれぞれ11.5%(95%CI: -21.3, -0.48%)、11.9%(95%CI: -22.4, -0.03%)低下しました。睡眠中間時刻(MST)が午前2時21分より早い、または午前3時より遅い、および主観的睡眠の質の低さは、受精率が低下しました。
週3回以上寝付きが悪かった女性は、成熟卵子数(-10.5%、95%CI:-18.6%、-1.6%)、正常受精数(-14.8%、95%CI:-23.7%、-4.8%)および良質胚(-15.1%、95%CI:-25.4%、-3.5%)は少なくなりました。
睡眠時間が9-10時間の女性は、7-8時間の女性に比べて臨床妊娠の可能性が低くなりました(オッズ比=0.65、95%CI: 0.44, 0.98)。層別解析では、夜間睡眠時間と良質胚数および受精率との相関は、主観的睡眠の質が低い女性のみに存在しました(P= 0.02および0.03)。夜間睡眠時間と着床または臨床妊娠との関連は、30歳以上の女性でのみ存在しました(P = 0.04および0.01)。

≪私見≫

夜間睡眠時間が短い、睡眠時間が適切でない、主観的な睡眠の質が悪い、寝つきが悪いなどの不健康な睡眠特性は、卵子の量や質を低下させる可能性があります。
睡眠時間が7時間未満または10時間以上の女性のサンプルサイズ(それぞれn = 81と73)が少ないため、結論には偏りがありそうですが、下記のような結論となっています。
30歳未満の女性では、短時間睡眠と睡眠障害は卵子の量と質の低下を引き起こします。ただし、睡眠時間が長いひとは妊娠率が低くなる傾向がありました。
30歳以上の女性では、短時間睡眠や睡眠の質が悪い女性にとって、長い睡眠時間が妊娠に対してはプラスに働く可能性が考えられます。睡眠特性の生殖医療への影響を明らかにするためには、異なる研究集団、研究デザイン、睡眠評価ツールを用いた、十分にデザインされた疫学研究からのさらなるエビデンスが必要です。

睡眠時間や睡眠障害の妊娠に関係するメカニズムは十分に解明されていません。何個かの注目されている因子があります。メラトニンは、卵子発育と成熟に重要な役割を果たすとされています。概日リズムの乱れは、卵胞液中のメラトニン濃度を低下させ、卵母細胞に酸化ストレスによるダメージを与えると考えられています(Tamuraet al., 2012)。
また、卵巣成熟に重要な活性グレリンが睡眠障害により上昇し、卵子成熟への直接的な影響 (Gaytanet al., 2003;Xuet al., 2018) 、エネルギー代謝の妨害 (Muscogiuriet al., 2019;Qianet al., 2019) 性ホルモンの相互作用の乱れ (Panet al., 2020) によって卵子の発育に悪影響を与えるとされています。

睡眠が不妊とどう関係するかは様々な交絡因子があるため、簡単に評価はできませんが、やはり負荷と感じるような短時間睡眠や睡眠障害は改善することが好ましいのだと思います。今後、十分にデザインされた疫学研究からのさらなるエビデンスが必要だと感じます。

文責:川井清考(院長)

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