男性のうつ状態は精液所見と関係がある?(論文紹介)

不妊外来を行っていると、「最近パートナーが鬱気味で」という話をちょくちょく聞きます。日々、何らかのストレス下で生活をしていますから体調とのバランスや予定外の負荷がかかると気持ちが塞ぎ込んでしまうことは誰にでも経験があることではないでしょうか。今回、中国から男性のうつ状態と精液所見の関連性を評価した報告がでてきましたのでご紹介いたします。

≪論文紹介≫

Yi-Xiang Ye, et al. Fertil Steril. 2022. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2021.09.013

2017年4月から2018年7月にかけて、Beck Depression Inventory質問票を記入し、酸化ストレスバイオマーカーの測定を行った中国ヒト精子バンクでの精子提供者候補1,000名精液サンプル5,880症例を対象に行った横断研究です。
うつ病の重症度は、Beck Depression Inventoryスコアで評価した(0~4はうつ病なし、5~13は軽症のうつ病、14~20は中等症のうつ病、21以上は重症のうつ病)。尿中の8-hydroxy-2- deoxyguanosine、4-hydroxy-2-nonenal-mercapturic acid、8-isoPGF2αの濃度を測定し、酸化ストレスの状態を反映させました。
結果:
391名(39.1%)の男性が軽度のうつ病、67名(6.7%)が中等度のうつ病、19名(1.9%)が重度のうつ病に分類されました。うつ病の重症度と精液所見には、逆の用量反応関係が認められました。うつ病ではない男性(n = 523)と比較して、重度のうつ病男性は、精液量が25.3%少なく、総精子数が37.0%低下、運動率13.6%低下、前進運動率は15.1%低下しました。中等度のうつ病男性は、精液量が12.3%少なく、総精子数が23.6%低下しました。うつ病の重症度と尿中8-isoPGF2α濃度の間には、正の用量反応関係が認められました。しかし、うつ病の重症度と精液所見との関連が、酸化ストレスマーカーによって影響をうける確証は得られませんでした。
結論:
うつ病男性は、精子量、精子濃度、総精子数、運動率、前身運動率などの精液所見が低下していました。

≪私見≫

うつ病はグルココルチコイドの分泌を増加させ、視床下部-下垂体-性腺系に悪影響を及ぼす可能性があると考えられています。それ以外にも精液所見に影響を与えるとされている遊離テストステロン濃度やLH振幅の低下との関連も報告されています。
今回の報告では、男性のうつ状態と精液所見の関連を見出していますが、うつ状態⇨酸化ストレスの上昇⇨精液所見の悪化という関連性が見つけられませんでしたので、そのほかのメカニズムがあるのかもしれません。
今回の報告は、あくまで一度の質問票で判断したもので、臨床的うつ病を診断したわけではありません。もともと精子ドナーセンターでの報告ですから、臨床的うつ病などの男性は最初に除外されています。また男性年齢も平均28歳と若く生活習慣も健全である方が多い傾向にあります。中等度うつ状態以上の男性が86名しか症例数としていなかったことも交絡因子による所見の悪化を反映している可能性も考えられますので、今後の研究もしっかりフォローする必要があると思います。
私個人としては、その時の精神的な負荷によってうつ状態にあるときは精液所見が悪化しても不思議ではないし、そういう場合は再検査することが好ましいのではないか?と思っています。

文責:川井清考(院長)

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