人工授精(男性因子)を断念するタイミングを考える その①
人工授精から体外受精へのステップアップは、費用面での負担も上がりますし、仕事との両立等も含めて、患者様にとって大きな意思決定になりますので、どのようにクリニックとしてサポートしてあげられるかを日々考えています。
人工授精は、原因不明の場合と男性に原因がある場合がありますが、今回は男性因子について少し触れたいと思います。
男性所見はWHOでの精液所見によって評価されますが、海外を含めて人工授精との関連を示唆する論文の大半は「総運動精子数」(精液量✖️濃度✖️運動率)です。
「調整前-総運動精子数」というのは通常の精液検査です。「調整後-総運動精子数」というのは人工授精などを行うために精子の遠心処理などを行った後の精液検査から算定されます。
人工授精の妊娠成績を予測する予後因子は「調整後-総運動精子数」です。
カットオフ値は様々ありますが、500-1000万というのが妥当なラインです。
「調整後-総運動精子数」の根拠の論文
100万以上(Lemmens Lら. 2016)
200万以上(Bollendorf Aら. 1996)
500万以上(Tan Oら. 2014、Tomlinson Mら. 2013)
1,000万以上(Ok EKら.2013)
900万(Akhil Muthigiら.2021)
ただし、ここで難しいのは、「このラインを切ったら妊娠率が低下するけれど、妊娠しないわけではない」というのが全ての論調です。つまり、この数値を切る人は一定の回数の人工授精を経たら体外受精にステップアップしましょうね、というのが考え方です。
当院でも調整後総運動精子数別の人工授精妊娠率を出していますが、「調整後-総運動精子数」が250万未満でも一定の妊娠率が担保されています。(男性因子を評価するために39歳以下の女性症例に限定し検討いたしました。)
難しいのは「調整後-総運動精子数」は通常の精液検査の所見ではなく、人工授精や体外受精をするために特別に調整された所見で普通の精液検査では予知できません。
例えば、人工授精を行うつもりで患者様が来院をされた際に、その日の「調整後-総運動精子数」が悪かった場合、お金も時間もかかりますので、事前に予測できなかったの?(落胆?怒り?)というのが患者様の気持ちだと思います。
通常の精液検査ではtotalの精子数が大量にいるのに、動いていない精子が多く調整をするとほとんど動いている精子がなくなる場合などが典型例です。
ここで、数はいるけれど運動率が異常に低い症例(運動率<10%)で人工授精妊娠率がいるかどうかを調べてみました。
その結果、調整前総運動精子数が200万以上・運動率10%未満で人工授精にトライされていらっしゃる患者様は開院から2021年3月までで90名おり、4名妊娠卒業に至っていました(妊娠・生産率 4.4%)。
その4名の人工授精時の調整前運動率を見てみると7%、8.3%、4.6%、5%とかなり低値であり、この結果からもやはり運動率が悪いだけで人工授精を始めからやらない、というのは少し違う気もします。
文責:川井清考(院長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。