人工授精(男性因子)を断念するタイミングを考える その②

「調整前-総運動精子数」(通常の精液検査)で人工授精での妊娠率が予測することができるか、については意見が分かれるところです。
私たちの自身の臨床成績から、「調整前-総運動精子数」が200万を切る症例では人工授精を当日でも中止することを提案しています。根拠としては、亀田IVFクリニック幕張では2016年開設以降、「調整前-総運動精子数」が200万を切る90名を超える患者様で妊娠例がないからです。

しかし、「調整前-総運動精子数」は人工授精成績の予知因子にならないという論調も多く、正直なところEBMの観点から結論は出ていません。
調整前-総運動精子数と人工受精との関連の論文は本当に少ないので解釈するのがとても難しく感じています。

「調整前-総運動精子数」が人工授精の妊娠率に関係性を示さないという最近の2本の論文を紹介します。

≪論文紹介≫

①Shuai Liu ら. Int J Gynaecol Obstet. 2021. DOI: 10.1002/ijgo.13447
IUIの臨床的妊娠を「調整前-総運動精子数」、「調整後-総運動精子数」で評価した論文。2010年4月から2018年10月まで2064回のIUI周期を受けた女性の臨床的妊娠結果を後方視的に検討しています。
結果:
「調整前-総運動精子数」が900万以下、「調整後-総運動精子数」が200万以下の場合、妊娠例は認められませんでした。「調整前-総運動精子数」が300~1000万と1000万以上、「調整後-総運動精子数」が1,000~1億と1億以上の場合の妊娠について分析(女性年齢、不妊期間、不妊症のタイプ、IUI治療の卵巣刺激のタイプ、治療サイクル数などで多変量解析)を行っていますが、「調整前-総運動精子数」、「調整後-総運動精子数」では有意差がでず、卵巣刺激を行わないでIUIを実施した場合、人工授精回数が多い場合は妊娠成績が下がる結果になりました。

②Louise Lemmensら. Fertil Steril. 2016. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2016.02.012
人工授精の臨床的妊娠を、精液検査の様々なパラメーターで評価した論文。
初めてのIUIを行う1,166名の患者様(4251回のIUI)の臨床的妊娠結果を後方視的に検討しています。評価項目は精子の「正常形態率」、「調整前-総運動精子数」、「調整後-総運動精子数」、「女性年齢」、「男性年齢」、「周期数」としています。
結果:
初回人工授精では「女性年齢」以外は妊娠率を予測する因子がありませんでした。
二回目以降の人工授精では「正常形態率」(OR 1.39)、「調整後-総運動精子数」(500万~1,000万、OR 1.73)が妊娠率に正の相関、「調整後-総運動精子数」(100万未満、OR 0.42)、「女性年齢」、「男性年齢」が負の相関があった。「調整前-総運動精子数」は関係性をしめすことができなかった。多変量モデルでは、AUC 0.73程度であり、精液検査の様々なパラメーターは人工授精の妊娠予測制度は高くないことを示しました。

≪私見≫

①の論文は症例数が少ないせいか、「調整前-総運動精子数」が900万以下、「調整後-総運動精子数」が200万以下では妊娠例がでていません。人種の違いや人工授精を提供できる環境の違いが日本とは異なるののかもしれません。
②の論文は初回と二回目以降を分けていて、初回は予知因子がないので、とりあえずやってみてもいいのでは?と背中をおされる論文ではありますが、「調整前-総運動精子数」が人工授精に関係しないという部分は少し誤解しないように症例評価を読み込む必要があります。この論文では対象を中程度の精液所見不良症例としていて、「調整前-総運動精子数」を4つのグループ(2000万未満、2000~5000万、5000~1億、1億以上)に分類しており、総運動精子がとても少ない症例を対象としていません。
このことからも、この論文は総運動精子数がそこそこあれば人工授精の成績に影響を与えないし、多いからといって妊娠率が高いわけではないよ、という理解にとどめるしかないと思っています。

「調整前-総運動精子数」が妊娠率に寄与するという論文があるかどうかですが、下記の論文が引用されることが多いです。
Van Voorhis BJら. Fertil Steril 2001
Moolenaar LMら. Reprod Biomed Online 2015
Goverde AJら. Lancet 2000
Hamilton JAら.Hum Reprod 2015

文責:川井清考(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。

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