着床前検査は妊娠時のHCGの低下や周産期予後に影響を与えるの?(論文紹介)

妊娠時のhCGは胎盤になる部分のtrophectodermの数が重要とされています。着床前診断では現在はtrophectodermを一部とりだして検査をおこなうため受精卵への侵襲や周産期予後が懸念されていました。それに対して861名と比較的大きい症例数で比較した論文をご紹介いたします。

Man-Man Lu ら.Fertil Steril. 2020 DOI: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.015.

≪論文紹介≫

着床前検査(PGT)を実施した凍結融解単一胚移植383名396周期(31.4±4.1歳)、通常体外受精(対照群)の凍結融解胚移植353名465周期(31.7±4.2歳)のうち、妊娠した女性の胚盤胞移植後12日目(4w3d)の血中β-hCG値と臨床妊娠の周産期転帰を調べました。臨床妊娠に至った凍結融解胚移植後12日目(4w3d)の血中β-hCG値はPGT群で平均値703.10(中央値 569.63)mIU/mL、対照群の平均値809.20(中央値 582.00)IU/mLよりも低いという結果になりました。出生児の胎児週数、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症、新生児奇形などの周産期転帰については、両群間に有意な差は認められませんでした。着床前検査(PGT)による生検は着床初期の血中β-hCG値を低下させる可能性がありますが、周産期リスクの増加にはつながりませんでした。

≪私見≫

ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の血中濃度は、妊娠の予後を予測する上で重要な役割を果たしています。hCGは主に栄養膜合胞体層(PGTで生検する細胞が分化した細胞層)によって産生されるため、理論的には生検により細胞数が減少することで血中hCGのレベルに影響を与える可能性があります。
細胞数(10細胞以上)をとりすぎるとhCG分泌量は明らかに減少したり、妊娠率に影響を及ぼすという報告もあります。
この論文では、着床前検査(PGT)による生検は着床初期の血中β-hCG値を低下させる可能性を示しています。確かに移植方法がホルモン補充周期と排卵周期の割合は、PGT群と対照群で少し違いますが、許容できる範囲なのではないかと思っています。何より大事なのは「着床前検査を実施しHCGがさがったとしても周産期転機の悪化はないこと」だと思います。
他の報告(Jingら)では、凍結融解胚移植を伴う胚盤胞期胚trophectoderm生検を用いた周産期予後を、新鮮胚移植を伴う分割期胚割球生検と比較しています。凍結融解胚移植を伴う胚盤胞期胚trophectoderm生検は新鮮胚移植を伴う分割期胚割球生検に比べて妊娠高血圧症候群の頻度が上昇しましたが、新生児予後は良好でした。ただ、この論文では生検時期の違いや新鮮胚移植と凍結融解胚移植の違いなどの周産期予後に影響を強く与えるバイアスがありました。

現在までPGTによる周産期予後の報告は、①差がない(Heらの1721名の報告)、②妊娠高血圧症候群・子癇前症が増える(Zhangらの357名の報告)、の2報のみで、今回の報告を踏まえても胎児への影響がなさそうです。
これから、もっと大規模な報告が続くはずなので追跡していきたいと思います。

文責:川井(院長)

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