日本の生殖補助医療における多胚移植率と多胎率の推移(J Obstet Gynaecol Res. 2025)
【はじめに】
多胎率は移植あたりの出生率をあげるため複数胚移植を行うことで増加します。日本でも1989年当初は生殖補助医療の多胎率14%前後で推移してきました。多胎の周産期合併症予防の観点から、2008年日本産科婦人科学会より『生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解』(生殖補助医療の胚移植において、移植する胚は原則として単一とする。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては、2胚移植を許容する。)が発表されました。国内での体外受精の多胎率は2008年に6.6%、それ以降も低水準を保っています。
そして2022年4月に導入された生殖補助医療への公的健康保険適用が多胎妊娠率に与えた影響を調査した報告が発表されましたのでご紹介させていただきます。
【ポイント】
日本では2008年『生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解』導入後、高い水準で単一胚移植率を保っており、保険適応導入直後は複数胚移植割合と多胎妊娠率に大きな変化は認められませんでした。ただ、今後制限回数などの規定により増加していく可能性も否定できず注視していく必要があります。
【引用文献】
Ayumu Ito, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2025 May;51(5):e16304. doi: 10.1111/jog.16304.
【論文内容】
2022年4月に日本で導入された生殖補助医療(ART)に対する保険適用が、複数胚移植と多胎妊娠数に与える影響を評価することを目的としたレトロスペクティブコホート研究です。日本の600以上の登録ART施設から収集したART登録データを分析し、2022年の多胎妊娠率と数を過去年と比較しました。また、年齢別の複数胚移植率と複数胚移植移植における胚盤胞移植の割合を、新鮮胚移植と凍結融解胚移植について別々に検討しました。
結果:
2022年には3209件の多胎妊娠が報告され増加傾向を示し、単一胚移植が推奨される以前の2007年と同等のレベルに達していました。全胚移植において、複数胚移植率は2021年の15.4%から2022年には15.0%に有意に低下し(p<0.001)、多胎妊娠率は類似したレベルでした(2.98% vs. 3.05%、p=0.17)。年齢別複数胚移植率は2021年と2022年の間で年齢とともに増加する同様の傾向を示しましたが、凍結融解胚移植ではほぼすべての年齢層で複数胚移植における胚盤胞利用率が2022年に2021年より有意に高くなっていました。
【私見】
2020年ARTデータブックデータと今回の結果から、2007年から2020年までの単一胚移植率と多胎率の推移を具体的な数値で整理すると、以下のように変化していることが分かります:
単一胚移植率の推移:
- 2007年:46.4%(新鮮周期で最も低い)
- 2008年:60.0%(生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解導入年)
- 2010年:70.3%
- 2015年:84.6%
- 2020年:85.0%
- 2021年:84.6%
- 2022年:85.0%(ART保険適用導入年)
多胎率の推移:
- 2007年:11.0%
- 2008年:6.6%(生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解導入年)
- 2010年:4.7%
- 2015年:3.1%
- 2020年:2.9%
- 2021年:3.0%
- 2022年:3.1%(ART保険適用導入年)
凍結融解胚移植での複数胚移植率における胚盤胞利用率の増加が観察されており、保険適用に伴う胚移植回数制限の影響が今回の解析では未だ結果に現れていなかった可能性があります。またPGTも一定数導入されていることから、今後複数胚移植と多胎率がどのように変化していくか注視していく必要があります。
ARTデータブックも一定頻度で入力内容がアップデートされていきます。基本は生殖医療施設の義務とは言え、対価発生しているわけではありません。国内の生殖医療レベル向上のために医療者が一丸となって取り組んでいく国内財産と言えるARTレジストリだと思っています。
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文責:川井清考(院長)
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