精液検査所見と男性の疾患や予後の関係について(Hum Reprod Open 2024)

【研究の紹介】

男性の長期的な健康を予測:検査室で測定した精液検査所見のパラメーターの系統的レビュー

Lab-based semen parameters as predictors of long-term health in men-a systematic review.

Nedelcu S, 他. Hum Reprod Open. 2024 Nov 8;2024(4):hoae066. PMID: 39678462.

男性不妊症は、これまでに死亡リスクの上昇や、併存疾患の発症リスクの増加と関連している可能性が指摘されてきましたが、精液検査所見自体が将来の健康状態、特定の疾患を予測する指標となるかどうかについては、まとまったデータはありませんでした。よく知られた研究に、Eisenberg et al. (Hum Reprod, 2014)が示した、精液所見の異常なパラメータが二つ異常あると生存率が低下するというものがあります。今回の研究は、系統的なレビューと可能な限りのメタアナリシスで検討したものです。

要約:
精液検査のパラメーターは、男性の長期的な健康状態を予測することができるのでしょうか?

回答のまとめ:
乏精子症の男性において、併存疾患のリスクが高まるという明確な証拠は不足しています。

研究デザイン・対象・期間:
PubMed/MEDLINE、EMBASE、EBMデータベースを、データベース開始時点から2023年12月まで検索しました。MESH用語を用いた検索戦略は以下の通りです。

  • 見出し1:「または(OR)」の条件で、精液検査、精子数、精液パラメーター、男性不妊、無精子症、無精液症、乏精子症、奇形精子症、精子無力症 (semen analysis, sperm count, sperm parameter, male infertility, azoospermia, aspermia, oligospermia, teratozoospermia, asthenozoospermia)。
  • 見出し2:「または(OR)」の条件で、罹患率、死亡率、糖尿病、がん、心血管疾患、死亡、高血圧、脳卒中、長期的健康(morbidity, mortality, diabetes, cancer, cardiovascular, death, hypertension, stroke, long-term health)。

少なくとも1回の精液検査を受けた男性において、死亡率や将来的な併存疾患のリスクを評価したすべての研究を対象としました。症例報告やレビュー論文は除外しました。

対象と解析方法:
すべての研究に対してナラティブ・シンセシス(記述的統合)を行い、可能な場合にはメタアナリシスを実施しました。 1つ以上の精液検査パラメーターが基準を下回っている男性における特定の健康アウトカムのリスクについて、オッズ比(OR)、95%信頼区間(CI)、P値を算出しました。バイアスのリスク評価にはQUADAS-2ツールを用いました。

結果:
最終的に21件の研究が対象となりました。すべての研究において、バイアスのリスクが高いか不明確であると評価されました。結果として、パラメータとして精子濃度のみでメタアナリシスが可能でした。
無精子症の男性は、乏精子症(OR 1.96、95% CI: 1.29–2.96)および精液所見正常(基準値内、OR 2.00、95% CI: 1.23–3.25)の男性と比較して、死亡リスクが約2倍高いことが明らかとなりました。ただし、乏精子症と精液所正常の間では、死亡リスクに有意な差は認められませんでした(OR 1.04、95% CI: 0.52–2.09)。
・心血管疾患のリスク:いずれの精子濃度グループ間でも差は見られませんでした(無精子症-乏精子症:OR 0.94、95% CI: 0.74–1.20、無精子症-精液所見正常:OR 1.11、95% CI: 0.71–1.75、乏精子症-精液所見正常:OR 1.12、95% CI: 0.80–1.55)。
・糖尿病のリスク:無精子症の男性が乏精子症の男性と比較した場合にのみ高くなる傾向が認められました(OR 2.16、95% CI: 1.55–3.01)。
・全がんのリスク:無精子症の男性が乏精子症(OR 2.16、95% CI: 1.55–3.01)および精液所見正常(OR 2.18、95% CI: 1.20–3.96)の男性と比較して高いことが示されました。
・精巣がんのリスク:正常な精子濃度を持つ男性と比較した場合にのみ、無精子症の男性でリスクが高くなる可能性があることが示唆されました(OR 1.80、95% CI: 1.12–2.89)。

限界および注意すべき理由:
本研究の統合解析において、無精子症の男性では死亡リスクおよび全がんリスクの上昇が示されましたが、乏精子症の男性における併存疾患のリスク増加を示す明確な証拠は得られませんでした。利用可能なデータが限られていること、研究の性質、およびバイアスのリスクが高いことを踏まえると、本研究の結果は慎重に解釈する必要があります。

研究結果の広範な意味:
精液検査を、男性の長期的な健康状態の予測因子として活用できるかどうかを確認するには、特に一般集団を対象とした場合においては、十分なデータが現時点では存在しないと考えられます。

表.プールされた解析から得られた結果の要約

無精子症 vs 乏精子症
オッズ比(OR)
および95%信頼区間(CI)
無精子症 vs 精液所見正常
ORおよびCI
乏精子症 vs 正常精子症
ORおよびCI
全死亡 OR 1.96, 1.29–2.96* OR 2.00, 1.23–3.25* OR 1.04, 0.52–2.09
心血管疾患 OR 0.94, 0.74–1.20 OR 1.11, 0.71–1.75 OR 1.12, 0.80–1.55
糖尿病 OR 2.16, 1.55–3.01* OR 2.03, 0.67–6.13 OR 0.98, 0.37–2.59
全がん OR 2.16, 1.55–3.01* OR 2.18, 1.20–3.96* OR 1.05, 0.63–1.77
精巣がん OR 1.53, 0.90–2.60 OR 1.80, 1.12–2.89* OR 1.25, 0.85–1.84

無精子症、乏精子症、および精液所見正常の各グループを比較し、
すべての解析対象アウトカムについて算出されたオッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)
*統計学的に有意な項目

【筆者の意見】

精液所見の悪化が健康状態の悪化と関連する可能性が改めて示されたと考えられます。このメタアナリシスでは、精液検査のパラメータのうち、精子濃度のみが分析対象となりましたが、心疾患との関連は確認されませんでした。Eisenbergらの研究と異なる点として、乏精子症のみでは有意な健康状態の悪化が見られなかったことが挙げられます。
一方、無精子症の方々は特に注意が必要のようです。無精子症の患者では、全死亡率、糖尿病のリスク、すべてのがんのリスク、さらには精巣がんのリスクが有意に高いことが示されており、より一層の健康管理の必要性が認識されました。特に精巣がんの自己チェックは重要であると考えられます。
ただし、この研究の著者らは結論において非常に控えめな姿勢を示しており、現時点では過度に心配する必要はないかもしれません。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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