PGT未実施胚移植の累積出生率(Hum Reprod. 2025)

【はじめに】

複数回の胚移植にもかかわらず妊娠に至らない「反復着床不全(RIF)」は、患者さんにとって精神的にも大きな負担となります。しかし、RIFの定義や、どの時点で治療方針を変更すべきかについては、明確なコンセンサスがありません。特に国内ではPGT未実施胚で40歳未満では6回、40-42歳では3回の保険診療胚移植回数が決まっていますのでより深刻な課題です。今回は、着床不全を繰り返した場合でも、その後の胚移植で妊娠・出産に至る可能性についてPGT未実施胚で詳細に調査した大規模研究をご紹介します。

【ポイント】

胚移植を繰り返すことで累積出生率は上昇し続け、10回目の胚盤胞移植で78.0%に達します。

【引用文献】

L Dhaenens, et al. Hum Reprod. 2025 Mar 10:deaf036. doi: 10.1093/humrep/deaf036.

【論文内容】

この報告はPGT未実施胚にて胚移植を繰り返した場合の累積出生率について検討することを目的としています。
2010年1月から2022年12月までにベルギー生殖医療施設で体外受精を実施した女性の非介入的後ろ向きコホート研究です。PGT、卵子提供、代理出産、または分割胚と胚盤胞の混合移植を含む治療を除外後、データセットは11,463名の女性(19,378回の採卵周期、31,478回の胚移植)を対象としました。研究方法として、逆確率重み付け(IPW)を用いたKaplan-Meier法により、出生に至るまでの胚移植数を分析しました。さらに、女性の年齢、以前に移植された胚の質、胚の段階(分割胚か胚盤胞か)で調整した後、2回目以降の移植での出生率に対する以前に移植された胚数の予測値を評価するために、ロジスティック回帰分析を実施しました。胚移植個数は単一分割胚移植:全体の16.0%(5,023件、単一胚盤胞移植:全体の67.3%(21,173件)、2個の分割胚移植:全体の10.0%(3,138件)、2個の胚盤胞移植:全体の5.3%(1,655件)となっています。
結果:
IPWアプローチを用いたKaplan-Meier推定では、累積出生率は3回目の胚盤胞移植後の51.1%(95%CI: 49.2-53.0%)から、6回目では68.3%(95%CI: 64.6-72.0%)、10回目では78.0%(95%CI: 69.5-86.5%)まで増加しました。母体年齢が上がるにつれて、同じ累積出生率を達成するためにはより多くの胚盤胞が必要となります。また、8回の胚盤胞移植後でも、80%の累積出生率を達成する年齢カテゴリはありませんでした。
母体年齢の影響は大きく、4回目の胚盤胞移植後の累積出生率は、35歳未満で68.9%(95%CI: 65.8-71.8%)、35-37歳で57.6%(95%CI: 50.4-64.8%)、38-40歳で42.9%(95%CI: 37.5-48.4%)、41-42歳で16.3%(95%CI: 10.7-21.8%)、42歳超で13.5%(95%CI: 3.2-23.7%)でした。
調整後のロジスティック回帰分析では、胚移植回数ごとに出生達成の可能性が減少すると推定されましたが、この効果は統計的に有意ではありませんでした(OR=0.91; 95%CI: 0.86-1.07)。女性年齢(OR=0.92; 95%CI: 0.91-0.93)、胚盤胞移植(OR=1.34; 95%CI: 1.20-1.51)良好形態(OR=1.21; 95%CI: 1.06-1.38)が有意な着床関連因子でした。同数の胚盤胞に達するために何回の採卵を行ったかは胚盤胞移植後の出生率に差を認めませんでした。

【私見】

Pirtea et al. (2021)やGill et al. (2024)が、着床不全の多くは胚側の要因(特に染色体異常)によるものであり、子宮因子によるものは稀であると報告しています。彼らの研究では、euploid胚の連続胚移植により、5回目までに98.1%という非常に高い累積出生率を示しています。
今回のPGT未実施胚移植の累積出生率は国内のデータに比較的近しい結果かなと思っています。内膜調整方法やアドオンがわかればなお良かったですが今回は記載がありませんでした。

Figは患者様に説明するときにとても役にたつと思いますので解説を加えておきます。
Figure 2: 分割胚と胚盤胞の累積出生率のKaplan-Meier曲線
分割胚移植と胚盤胞移植における累積出生率を示しています。グラフでは、胚盤胞移植が分割胚移植よりも常に高い累積出生率を示しています。
・胚盤胞移植では、3回目の移植で約60%の累積出生率に達しています
・分割胚移植では、同じ約60%の累積出生率に達するには5〜6回の移植が必要です
・15回の移植後、胚盤胞移植の累積出生率は約90%に達するのに対し、分割胚移植では約80%程度です
Figure 3: 年齢別の累積出生率のKaplan-Meier曲線
36歳以下と36歳超の女性における分割胚移植および胚盤胞移植の累積出生率を比較しています:
・36歳以下の胚盤胞移植: 最も高い累積出生率を示し、5回目で約80%に達します
・36歳以下の分割胚移植: 2番目に高い累積出生率で、10回目で約80%に達します
・36歳超の胚盤胞移植: 3番目に高い累積出生率で、10回目で約70%に達します
・36歳超の分割胚移植: 最も低い累積出生率で、15回目でも約60%程度です
Figure 4: IPW方法を用いた累積出生率のKaplan-Meier曲線
3つの異なる統計的アプローチによる胚盤胞移植の累積出生率を比較しています:
・楽観的アプローチ: 治療を中止した患者も継続した場合と同じ確率で出生に至ると仮定し、最も高い累積出生率を示します
・逆確率重み付け(IPW)アプローチ: 治療中止の可能性を考慮した統計的に補正したアプローチで、楽観的アプローチに近い結果を示します
・保守的アプローチ: 治療を中止した患者は出生に至らないと仮定し、最も低い累積出生率を示します
IPWアプローチでは10回目の胚盤胞移植で約85%の累積出生率に達するのに対し、保守的アプローチでは約60%にとどまります。

Figure 5: 年齢カテゴリ別の累積出生率(IPWアプローチ)
5つの年齢カテゴリ別に胚盤胞移植の累積出生率を示しています:
・35歳未満: 最も高い累積出生率で、4回目で約70%、15回目で約90%に達します
・35-37歳: 2番目に高い成功率で、6回目の移植で約70%に達します
・38-40歳: 中程度の成功率で、8回目で約65%に達します
・41-42歳: 低い成功率で、7回目でも約25%程度にとどまります
・42歳超: 最も低い成功率で、4回目で約15%程度です

Figure 6: 卵巣刺激反応別の累積出生率(IPWアプローチ)
卵巣刺激への反応パターン別に胚盤胞移植の累積出生率を示しています:
・過剰反応者: 最も高い累積出生率で、3回目で約70%、12回目で約90%に達します
・正常反応者: 2番目に高い成功率で、過剰反応者とほぼ同様のカーブを示します
・低反応者: 3番目の成功率で、6回目で約70%に達します
・不良反応者: 最も低い成功率で、7回目で約60%程度にとどまります

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文責:川井清考(院長)

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