精液所見悪化が報告された医薬品のまとめ

【研究の紹介】

米国食品医薬品局の有害事象報告システムデータベースに基づく、薬剤による精液所見低下に関する医薬品安全性監視研究

A pharmacovigilance study of drug-reduced male semen quality based on the Food and Drug Administration adverse event reporting system database

Tan H, ほか。Andrology. 2025 Feb;13(2):217-225. doi: 10.1111/andr.13668. PMID: 38831673.

男性の生殖機能に影響を与える薬剤には様々なものがあり、ブログでもいくつか取り上げてきました。しかしながら、薬剤による男性の精液所見低下に関するリアルワールドのビッグデータ研究は極めて少なく、ほとんどの研究は動物実験や小規模な後ろ向き研究、または限られた数の市販前臨床試験に基づいています。今回の研究は米国食品医薬品局(FDA)に報告された医薬品の有害事象のデータベースをもとにして結果をまとめたものです。リストの一部も含めてご紹介いたします。

【研究の要旨】

目的:
本研究は、米国食品医薬品局の有害事象報告システム*に基づき、精液所見を悪化させる原因となる薬剤を特定することを目的としています。

方法:
精液品質の低下は、医薬品規制活動のための国際医療用語集(Medical Dictionary for Regulatory Activities, MedDRA)の優先用語および標準化クエリを用いて定義しました。2004年から2023年までの米国食品医薬品局の有害事象報告システムのデータを用いて、薬剤による精液所見低下に関連する有害事象を比率不均衡分析により解析しました。

結果:
薬剤による男性の精液品質低下と関連するリスクシグナルを示す59種類の薬剤が検出されました。報告件数が最も多かった薬剤の解剖治療化学(Anatomical Therapeutic Chemical, ATC)分類は、抗悪性腫瘍薬(16種類、27.12%)、向精神刺激薬(9種類、15.25%)、精神安定薬(6種類、10.17%)でした。
症例数が最も多かった5種類の薬剤は以下の通りです。
- フィナステリド(845件, IC025** = 7.72)
- デュタステリド(163件, IC025 = 7.22)
- タムスロシン(148件, IC025 = 5.99)
- テストステロン(101件, IC025 = 4.08)
- バルプロ酸(54件, IC025 = 2.44)
本研究で特定された41種類の薬剤について、製品特性概要(Summary of Product Characteristics, SmPC)には、薬剤による男性の精液品質低下に関する臨床情報が記載されていませんでした。

結論:
米国食品医薬品局の有害事象報告システムデータベースを用いて、精液所見を低下させるリスクシグナルを示す薬剤のリストを提示しました。今後、精液所見への影響が十分に解明されていない薬剤に関するさらなる研究が必要と考えられます。

薬剤のリストは末尾に入れておきます。ご参考にしてください。
表1. 男性の精液の質を低下させた一般的な薬剤トップ40(症例数順)
表2. 男性の精液の質を低下させた一般的な薬剤トップ40(ICS025の値順)
表3. タダラフィルについての報告

*アメリカ食品医薬品局(FDA)の有害事象報告システム(FAERS)
FDAが薬による副作用などの情報を集める仕組みです。自発的に報告された情報をもとに、FDAはアメリカで販売されている薬や生物製剤の安全性を確認し、問題がないか監視しています。

**IC₀₂₅(Information Component 025)
薬剤と有害事象の関連性を評価するための統計的手法です。
IC₀₂₅ > 0 の場合、薬剤と有害事象の間に統計的に有意な関連があると判断されます。
値が高いほど、薬剤と有害事象の関連性が強く、統計的に有意である可能性が高いです。ただし、あくまで、薬剤と特定の有害事象との関連性が強いことを示す指標です。

【筆者の意見】

精液所見に影響を与えたとFDAに報告された薬剤をまとめたものであり、非常に重要な結果だと考えます。報告数が多い薬剤や、因果関係が強いと考えられる薬剤のリストですが、それぞれが精液所見にどの程度の悪影響を及ぼしたのか、またその頻度については明確ではありません。
今回の報告では、フィナステリド、デュタステリド、タムスロシン、テストステロンといった泌尿器科の診療でよく使用される薬剤が多く挙げられていました。これらはいずれも男性の生殖医療において避けるべき薬剤として知られており、特に5α還元酵素阻害薬は注意が必要であることが改めて示されたと解釈しました。また、これまであまり重要視していなかったミノキシジルも今回のリストに含まれており、注意が必要だと考えます。
さらに、タダラフィルがシスプラチンと同程度に因果関係が強い可能性があるという点は意外でした。我が国の男性不妊症のガイドラインでは、タダラフィルは推奨されている治療薬ですが、シルデナフィルの方が適している可能性もあるのではないかと考えます。タダラフィル投与後は、精液検査をしておいた方が良いようです。


表1. 男性の精液の質を低下させた一般的な薬剤トップ40(症例数順) [リストに戻る]

順位 SN 薬品名 症例数 IC₀₂₅
1 1 フィナステリド 845 7.72
2 2 デュタステリド 163 7.22
3 3 タムスロシン 148 6
4 4 テストステロン 101 4.08
5 5 バルプロ酸 54 2.44
6 6 メトトレキサート 47 0.38
7 7 シタロプラム 43 2.6
8 8 カルバマゼピン 37 2.41
9 9 シクロスポリン 32 1.32
10 10 アトモキセチン 28 2.63
11 11 リスペリドン 28 0.65
12 12 パリペリドン 26 2.08
13 13 ドキソルビシン 25 1.73
14 14 タダラフィル 24 1.97
15 15 イマチニブ 24 0.99
16 16 オランザピン 24 0.2
17 17 シスプラチン 22 2.07
18 18 レベチラセタム 22 0.85
19 19 パロキセチン 22 0.61
20 20 セルトラリン 22 0.54
21 21 アムロジピン 21 0.5
22 22 タクロリムス 21 0.45
23 23 ミノキシジル 20 1.12
24 24 ヒドロキシウレア 19 4.42
25 25 メチルプレドニゾロン 19 1.43
26 26 エトポシド 17 2.55
27 27 エスシタロプラム 17 1.22
28 28 スピロノラクトン 16 2.79
29 29 ミコフェノール酸モフェチル 16 0.16
30 30 ビンブラスチン 15 7.98
31 31 コルヒチン 15 4.16
32 32 ミルタザピン 15 1.35
33 33 ブレオマイシン 14 5.27
34 34 デュタステリドとタムスロシン 13 5.35
35 35 シクロホスファミド 11 0.63
36 36 フルオキセチン 11 0.47
37 37 アロプリノール 8 1.27
38 38 メルファラン 7 1.69
39 39 ジプラシドン 7 1.01
40 40 オクスカルバゼピン 6 0.57


表2. 男性の精液の質を低下させた一般的な薬剤トップ40(ICS025の値順) [リストに戻る]

順位 SN 薬品名 症例数 IC₀₂₅
1 30 ビンブラスチン 15 7.98
2 1 フィナステリド 845 7.72
3 2 デュタステリド 163 7.22
4 3 タムスロシン 148 6
5 34 デュタステリドとタムスロシン 13 5.35
6 33 ブレオマイシン 14 5.27
7 24 ヒドロキシウレア 19 4.42
8 31 コルヒチン 15 4.16
9 4 テストステロン 101 4.08
10 28 スピロノラクトン 16 2.79
11 10 アトモキセチン 28 2.63
12 41 オフロキサシン 5 2.61
13 7 シタロプラム 43 2.6
14 26 エトポシド 17 2.55
15 5 バルプロ酸 54 2.44
16 8 カルバマゼピン 37 2.41
17 12 パリペリドン 26 2.08
18 17 シスプラチン 22 2.07
19 14 タダラフィル 24 1.97
20 13 ドキソルビシン 25 1.73
21 38 メルファラン 7 1.69
22 25 メチルプレドニゾロン 19 1.43
23 32 ミルタザピン 15 1.35
24 42 エナラプリル 5 1.33
25 9 シクロスポリン 32 1.32
26 37 アロプリノール 8 1.27
27 27 エスシタロプラム 17 1.22
28 23 ミノキシジル 20 1.12
29 39 ジプラシドン 7 1.01
30 15 イマチニブ 24 0.99
31 43 ブスルファン 5 0.91
32 18 レベチラセタム 22 0.85
33 11 リスペリドン 28 0.65
34 35 シクロホスファミド 11 0.63
35 19 パロキセチン 22 0.61
36 40 オクスカルバゼピン 6 0.57
37 20 セルトラリン 22 0.54
38 21 アムロジピン 21 0.5
39 36 フルオキセチン 11 0.47
40 22 タクロリムス 21 0.45


表3.タダラフィルについての報告 [リストに戻る]

事象 症例数 IC₀₂₅
精液量の減少 14 2.72
精子濃度減少 3 0.95
精液所見異常 2 1.27
精液粘稠度異常 2 3.27
精液粘稠度増加 2 4.37
精子濃度ゼロ 1 0.99

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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