射精障害の方にFreshな精巣精子使用したICSIの有効性

≪研究の紹介≫

Comparison of fresh testicular sperm aspiration and use of either thawed pre-frozen sperm or oocyte freezing: impact on cumulative live birth rates for couples experiencing ejaculation failure.

射精障害を有するカップルにおける累積生児獲得率への影響:新鮮な精巣精子吸引と凍結保存後の精子または卵子凍結の使用の比較

Zhan S, et al. Hum Reprod. 2024 Dec 31:deae290. doi: 10.1093/humrep/deae290. PMID: 39740242.

妊活中の男性パートナーにとって、妊活そのものがプレッシャーとなったり、精液検査が心理的・物理的な障壁となることについては、以前にご紹介しました。精液を提出する行為自体が男性にとって大きなストレスとなり、場合によっては非常に困難なことがあります。
体外受精では、採卵は生殖医療担当医が行いますが、精液の提出は男性パートナー自身で行う必要があります。特に採卵日にはそのプレッシャーがさらに高まり、当日に精液を提出できず、体外受精が実施できない事態も想定されます。これは一種の射精障害とも言えるでしょう。
このような状況にどのように対応すべきかが、今回の研究のテーマです。本研究は中国(香港、マカオ)で行われたもので、現地では採卵当日に射精ができない場合、TESA(精巣内精子吸引法)が実施されるケースがあるようです。TESAでは、精巣に針を刺して組織を吸引し、精子を採取します。

≪研究の紹介≫

研究の目的と課題
新鮮な精巣精子吸引術(TESA)を行った場合と、事前に凍結した精子または卵子凍結を使用した場合で、排卵誘発後の採卵日に射精困難を経験したカップルの累積生児獲得率(CLBR)に差があるか?

研究結果の要約
射精困難を一時的に経験したカップルにおいて、交絡因子を調整した結果、事前に凍結された精子や凍結・解凍された卵子の使用することによって、TESAと同等のCLBRを達成した。

既に知られていること
妊活カップルの男性パートナーは、女性パートナーの卵子採取日に一時的な射精困難を経験する場合があります。このような場合、手術による精子採取を選択する、卵子をその日に凍結する、または事前に精子を凍結しておくといった選択肢があります。しかし、これら3つの選択肢の臨床的な有効性や相違点についてまだ評価されていません。

研究デザイン、規模、期間
2012年1月から2021年5月までの期間に、大学関連のIVFセンターで実施された卵子採取周期を対象にした後ろ向きデータ分析が行われました。

参加者/材料、設定、方法
射精困難を経験したカップルにおける3つの異なる治療選択肢(TESAを受けたグループを対照群とする)の全体的な特性、完了したサイクルの特性、および結果を分析しました。主要な評価項目は累積の生児獲得率(CLBR)であり、副次的評価項目は胚移植あたりの臨床妊娠率(CPR)および生児獲得率(LBR)でした。

主な結果(表)
対象となった卵子採取周期のうち、756周期(1.2%)で射精困難が発生し、そのうち640周期で治療が完了しました。これらの治療の内訳としては、325周期がTESAを使用、227周期が事前に凍結された精子を使用、88周期が凍結・解凍された卵子を使用しました。

TESA群、凍結精子群、凍結卵子群のCLBRはそれぞれ36.9%、48.9%、34.1%であり、有意差が認められました(P = 0.007)。特に、凍結精子群はTESA群よりも有意に高いCLBRを示しましたが、TESA群と凍結卵子群の間には有意差が見られませんでした。

同様に、胚移植あたりのCPR(臨床妊娠率)およびLBR(生児獲得率)は、3群でそれぞれ37.4%、50.0%、41.8%(P = 0.005)および29.9%、39.6%、33.0%(P = 0.030)でした。凍結精子群はTESA群よりも有意に高いCPRおよびLBRを示しましたが、凍結卵子群ではTESA群との差は有意ではありませんでした。特に、CLBRおよびLBRの有意差は2回目の胚移植以降に現れました。

しかし、卵子採取時の女性の年齢、不妊の種類や期間、女性のBMI、過去のIVF周期数、卵巣刺激法、最終エコー時の子宮内膜厚、受精方法、採取卵子数、受精卵数、3日目の利用可能胚数など、複数の因子を調整した分析では、事前に凍結された精子(リスク比(RR)1.08、95%信頼区間(CI)0.81–1.44)や凍結卵子(RR 1.01、95% CI 0.76–1.33)の使用とCLBRとの間に有意な関連は見られませんでした。

この研究の限界と注意点
この研究は後ろ向き研究であり、特に凍結・解凍卵子の使用に関するサンプルサイズが小さいため、本研究で示されたデータには、慎重な解釈が必要です。そのため、前向き研究やランダム化比較試験といったさらなる研究が必要です。

研究結果のより広い意味合い
今回の結果は、一時的な射精困難の場合でも、事前に凍結された精子や凍結・解凍された卵子を使用することで、TESAと同等のCLBRを得られる可能性を示しています。

表.臨床成績の比較(調整前、一部を抜粋)

変数 全体 TESA (control) 事前に凍結した精子使用 凍結卵子 P-値
症例数 584 303 218 88  
精子濃度
(百万/mL, 四分位範囲)
48 (26, 82) 50 (27, 84) 42 (23, 78) 50 (27, 83) 0.127
精子運動率
(%, 四分位範囲)
43 (25, 60) 41 (19, 61) 43 (27, 60) 45 (26, 56) 0.282
高度乏精子症症例
(<5百万/mL)
41 (5.4%) 12 (3.5%) 8 (3.2%) 21 (13.2%) <0.001
           
累積生児獲得率
n (%)
261 (40.8%) 120 (36.9%) 111 (48.9%) 30 (34.1%) 0.007
           
胚移植毎の成績          
臨床妊娠, n (%) 328 (42.5%) 150 (37.4%) 140 (50.0%) 38 (41.8%) 0.005
生児獲得, n (%) 261 (33.8%) 120 (29.9%) 111 (39.6%) 30 (33.0%) 0.030
着床率 (%) 402/1242 (32.4%) 183/637 (28.7%) 173/456 (37.9%) 46/149 (30.9%) 0.005

≪筆者の意見≫

採卵当日に精液が採取できない場合、外科的精子採取を行うのは日本では非常に難しいのが現状であり、私自身も経験がありません。本研究の結果によると、事前に精子を凍結しておいたり、卵子を一旦凍結した後で改めて体外受精を実施した場合でも、新鮮なTESA(外科的精子採取)精子を使用した場合と同等の治療成績が得られる可能性が示唆されました。

今回の研究では、精液検査の所見は概ね良好でしたが、高度乏精子症の症例が全体の5.4%を占めており、特に卵子凍結を行った症例ではその割合が13.2%に達していました。この点が臨床成績の低下傾向に影響を及ぼした可能性があります。

したがって、採卵日以外に射精が可能で、精液所見が良好である場合には、事前に精子を凍結しておくことが安心材料となると考えます。一方で、射精障害の場合、外科的精子採取は最終的な手段として位置づけられるべきでしょう。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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