培養環境(論文紹介)

自然妊娠では「女性の体内」の「卵管液」の中で卵子と精子は出会い、そして、受精卵は成長します。体外受精は「女性の体内」で起きることを体外で再現・真似をする技術と言えます。体外で「卵管液」の代わりになるのが「培養液」、そして体外で「女性の体内」の代わりになるのが「インキュベーター」です。今回は培養環境、特に、インキュベーター庫内の気相条件設定についてお話します。

この「インキュベーター」の気相条件は3つの項目を設定出来ます。一つ目は「温度(写真上段℃)」、二つ目は「二酸化炭素の濃度(写真中段CO2)」、三つ目は「酸素濃度(写真下段O2)」です。今回は一つ目の「温度:℃」と三つ目の「酸素濃度:O2」について触れたいと思います。二つ目の「二酸化炭素濃度:CO2」については別の機会に改めて触れたいと思います。

「温度」
写真をご覧頂くと温度(上段)は37.0℃に設定されていることがお分かり頂けると思います。私は培養士になってから20年目になりますが、20年前から温度の設定はずっと変わらず37.0℃のままです。これはヒトの体の中心温度がこの温度だからという理由なのですが、実際にヒトの卵子の成長は37℃よりもやや低い温度で起こっているとする論文もあり、ヒトの受精卵に適した温度は明らかではありませんでした。そこで、Mohamedらはヒトの受精卵を36.5℃と37.0℃で培養して、両温度の培養成績を比較しました。

Comparing 36.5°C with 37°C for human embryo culture: a prospective randomized controlled trial.
Fawzy M, Emad M, Gad MA, Sabry M, Kasem H, Mahmoud M, Bedaiwy MA.
Reprod Biomed Online. 2018 Jun;36(6):620-626.

胚発育の比較(論文tableより一部改変)

温度 36.5℃ 37.0℃ 有意差
卵子成熟率 2871/3200 (90) 2869/3174 (90) なし
受精率 2017/2871 (70) 2097/2869 (73) 0.017
分割率 1985/2017 (98) 2044/2097 (97) 0.034
3日目良好胚率 1211/2017 (60) 1497/2097 (71) <0.0001
3日目融合胚率 437/2017 (22) 623/2097 (30) <0.0001
胚盤胞率 1193/2017 (59) 1319/2097 (63) 0.014
良好胚盤胞率 644/2017 (32) 1015/2097 (48) <0.0001
胚盤胞凍結率 722/2017 (36) 879/2097 (42) <0.0001

 

この結果、分割率のみ36.5℃の方が高い値を示しましたが、それ以外の受精率、3日目良好胚率、3日目融合胚率、胚盤胞率、良好胚盤胞率および胚盤胞凍結率といった胚の良好な発育を示す比較項目において、37.0℃の方が高い値を示しました。以上のことから、ヒト受精卵に適した培養温度は36.5℃よりも37.0℃の方が適していることが示されました。

「酸素濃度」
写真をご覧頂くと酸素濃度(下段O2)は5.0%に設定されていることがお分かり頂けると思います。普段、我々が呼吸している空気の酸素濃度は約21%です。20年前は空気と同じ酸素濃度21%でヒトの受精卵を培養するのが主流でした。しかし、体内の酸素濃度は8%以下であることから、ヒト受精卵の培養において酸素濃度は下げる必要があるのではないかと考えられ、高酸素濃度と低酸素濃度の比較検討が行われてきましたが、低酸素濃度による培養成績の改善は認められませんでした。この理由の1つとして考えられるのは、受精卵の培養が短期間であったことが挙げられます。他の動物種の比較検討において、受精卵の長期培養においては高酸素濃度よりも低酸素濃度の方が良いとの報告がされています。しかし、ヒトの受精卵の長期培養において低酸素濃度の効果を調べた報告はありませんでした。そこで、Mariusらはヒト受精卵を高酸素濃度(21%)と低酸素濃度(5%)で短期間培養した場合と長期間培養した場合とに分けて、この酸素濃度の違いが受精卵移植後の妊娠成績に及ぼす影響を調べました。

 

A controlled randomized trial evaluating the effect of lowered incubator oxygen tension on live births in a predominantly blastocyst transfer program.
Meintjes M, Chantilis SJ, Douglas JD, Rodriguez AJ, Guerami AR, Bookout DM, Barnett BD, Madden JD.
Hum Reprod. 2009 Feb;24(2):300-7.

3日目胚移植における酸素濃度の影響(論文tableより一部改変)

酸素濃度 21% 5% 有意差
着床率 20/87 (23.0%) 12/54 (22.2%) なし
生産児着床率 13/87 (14.9%) 11/54 (20.4%) なし
臨床妊娠率 11/33 (33.3%) 8/22 (36.4%) なし
生産率 7/33 (21.2%) 8/22 (36.4%) なし

3日間の短期間培養において、全ての比較項目で酸素濃度の違いによる成績の差は見られません。

5日目胚移植における酸素濃度の影響(論文tableより一部改変)

酸素濃度 21% 5% 有意差
着床率 75/180 (41.7%) 110/193 (57.0%) <0.001
生産児着床率 69/180 (38.3%) 95/193 (49.2%) 0.005
臨床妊娠率 45/82 (54.9%) 66/93 (71.0%) 0.011
生産率 42/82 (51.2%) 58/93 (62.4%) なし

5日間の長期培養において、着床率、生産児着床率および臨床妊娠率は5%酸素濃度の方が21%酸素濃度に比べて有意に高い値を示しました。生産率の比較において、有意な差は認められませんでしたが、5%酸素濃度の方が高い値を示しました。

(3日目胚+5日目胚)胚移植における酸素濃度の影響(論文tableより一部改変)

酸素濃度 21% 5% 有意差
着床率 95/267 (35.6%) 122/247 (49.4%) 0.003
生産児着床率 82/267 (30.7%) 106/247 (42.9%) 0.005
臨床妊娠率 56/115 (48.7%) 74/115 (64.3%) 0.027
生産率 49/115 (42.6%) 66/115 (57.4%) 0.043

3日目胚と5日目胚の両方を合計した成績の比較において、全ての比較項目で21%酸素濃度に比べて5%酸素濃度の方が高い値を示しました。

以上のことから、酸素濃度を21%から5%に下げることでヒト受精卵の胚発育が改善されたことから、5%よりもっと下げることで更に胚発育を改善出来るのでは?との疑問が生じます。そこで、Mohamedらはヒトの受精卵を酸素濃度3.5%と5%で培養して、両酸素濃度の培養成績を比較しました。

Impact of 3.5% O2 culture on embryo development and clinical outcomes: a comparative study.
Fawzy M, Emad M, AbdelRahman MY, Abdelghafar H, Abdel Hafez FF, Bedaiwy MA.
Fertil Steril. 2017 Oct;108(4):635-641.

胚発育の比較(論文tableより一部改変)

酸素濃度 3.5% 5% 有意差
卵子成熟率 3,290/3,562 (92%) 2,734/2,971 (92%) なし
受精率 2,549/3,290 (77%) 1,823/2,734 (67%) <.0001
分割率 2,526/2,549 (99%) 1,763/1,823 (97%) <.0001
3日目良好胚率 1,854/2,549 (73%) 1,313/1,823 (72%) なし
3日目融合胚率 612/2,549 (24%) 518/1,823 (28%) .0010
胚盤胞率 1,082/2,549 (42%) 1,179/1,823 (65%) <.0001
良好胚盤胞率 537/2,549 (21%) 826/1,823 (45%) <.0001
胚盤胞凍結率 413/2,549 (16%) 534/1,823 (29%) <.0001

受精率と分割率は3.5%の方が5%に比べて有意に高い値を示しましたが、胚盤胞率、良好胚盤胞率および胚盤胞凍結率は5%の方が有意に高い結果となりました。当クリニックの受精率はこの論文よりも高く、より良い胚発育を求めることを考えると酸素濃度は5%の方が適していると考えております。

以上のことから、当クリニックのインキュベーターの気相条件は温度37.0℃、酸素濃度5.0%に設定しています。

今回触れなかった「二酸化炭素濃度」につきましてはまた別の機会にお話したいと思います。

文責:平岡(培養室長)

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