子宮内膜症は「手術が先?体外受精が先?」(論文紹介)
子宮内膜症を有する不妊患者の体外受精を実施する前に外科的手術をすべきかどうかについては、現在のところ結論が出ていません。今後、大規模な無作為化比較試験が必要となりますが、現段階では、個々の患者に合わせて情報提供を行い管理すべきとしています。
大きな流れとして、体外受精治療を必要とする子宮内膜症不妊女性において、手術は卵巣予備能にダメージを与え、妊娠の可能性を更に低下させる可能性があることを示唆する根拠が増えてきています。しかし、妊娠率、着床率、受精率、出生率は手術の有無にかかわらず同程度となっています。
内膜症に伴う疼痛や採卵時に卵胞穿刺を邪魔する要因となっていない限りは大きさによってですが、手術を積極的に優先する根拠は現在のところなさそうです。
≪論文紹介≫
Mira H Kheil, et al. J Assist Reprod Genet. 2022. DOI: 10.1007/s10815-022-02403-5
国際的なガイドラインでは以下の通りとなっています。
- ESHRE (ヨーロッパ生殖医学会)
子宮内膜症不妊女性において、体外受精前に内膜症性嚢胞手術を行い成功率の向上を示唆する証拠は十分ではないと述べています。
痛みや採卵する際のリスク軽減のため3cm以上の子宮内膜症性嚢胞は手術も検討することに触れられています。
- ASRM(アメリカ生殖医学会)
4cm以上の子宮内膜症を有する患者では、手術によって卵胞へのアクセスや卵巣反応が改善されることを示唆していますが、成功率の向上を示唆する証拠は十分ではないと述べています
- NICE(英国国立医療技術評価機構)
子宮内膜症を有するすべての女性に内膜症性嚢胞摘出術を推奨しています。
・ACOGおよびSOGC(アメリカ産婦人科学会、カナダ産婦人科学会)
外科的管理によって不妊治療の成績が改善することを示しています。
では根拠となる論文はどのようなものがあるのでしょうか。
「手術が先か、体外受精が先か?」ですが、手術に体外受精成績に関しては手術にネガティブな意見の論文が多くなっています。
①手術をすると卵巣刺激に対する反応が不良になる報告
Demirolら トルコの無作為化比較試験(Reprod BioMed Online. 2006)
体外受精を行う子宮内膜症患者99人を対象としました。ICSI周期3カ月前に手術を受けた49人の女性からなる「手術あり群」と、手術を受けずICSI実施した50人の患者からなる「手術なし群」に無作為に分けられました。「手術あり群」では、刺激時間が長く(14.0日 vs. 10.8日;P=0.001)、rFSHの総投与量も多く(4575IU vs. 3675IU;P=0.001)、平均成熟卵子数は「手術あり群」では少なくなりました(7.8個 vs. 8.6個;P=0.032)。しかし「手術あり群」、「手術なし群」では受精率(86%と88%)、着床率(16.5% vs.18.5%)、妊娠率(34% vs. 38%)については、差がありませんでした。
②手術をすると卵巣機能が低下し卵巣刺激に対する反応が不良になる報告
Bongioanniら イタリア レトロスペクティブケースコントロール研究
(Reprod Biol Endocrinol. 2011)
254周期の体外受精に卵巣内膜症の女性を対象としました。142人は「手術なし群」、112人は体外受精前に手術を受けている「手術あり群」でした。「手術あり群」では「手術なし群」に比べて、胞状卵胞数が少なく(11.7個 vs. 16.9個、p<0.001)、卵巣刺激にtotal FSHが多くなりました(3298IU vs. 2339IU、p<0.001)。着床率、妊娠率、出産率、回収卵子数、エストロゲンレベルは両群で差がありませんでした。
③手術の実施の有無で閉経年齢は変わらない
Raffiらは、子宮内膜症手術既往がある女性68人の「手術あり群」と、内膜症のない女性68人の縦断的マッチドコホート研究を実施しました。
(Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2014)
彼らはまた、追跡調査時に閉経後であった女性の閉経年齢を評価した。手術群は、1999年1月から2009年12月の間に、英国で、1つ以上の子宮内膜症に対して開腹または腹腔鏡下で切除、焼灼、ドレナージ、片側卵管切除を行った患者で構成された。「手術あり群」では、妊孕性を希望した38名のうち、19名(50%)が自然妊娠でき(術前の妊娠率48%と同程度の割合)、そのうち4名は体外受精にて、もう一人の子どもを授かっています。8人の女性が術後に直接体外受精を行い妊娠しています。「手術あり群」の累積妊娠率は71%となりました。対照群の妊娠率は98%と高かった。さらに、研究グループの閉経年齢の中央値は48歳で、対照グループの閉経年齢(49歳)と差がないこともわかりました。
④手術は卵巣刺激に対する反応が不良になる報告
Sukurらがトルコで行ったレトロスペクティブコホート研究
(J Obstet Gynaecol. 2021)
2014年1月から2017年12月に内膜症があり手術をせず体外受精を実施した26人の「手術なし群」と、腹腔鏡で内膜症手術を行った後に体外受精を実施した53人の「手術あり群」を対象としました。着床率に差は認めませんでしたが(「手術あり群」、「手術なし群」それぞれ23.7% vs. 26.1%、p=0.8)、「手術あり群」では「手術なし群」に比べて卵巣刺激中止率が高くなりました(13.7% vs. 0%、p=0.018)。
⑤手術をしない方が卵巣反応は良好であるという報告
Benschopらは、コクラン・レビューにおいて、11の試験を同定し、そのうち4つの試験が総患者数312名でレビューに含まれています(Cochrane Database Syst Rev. 2010)。
臨床妊娠では、手術をしない郡と比べて手術のメリットがないとしています。
内膜症吸引術は手術をしない郡と比較して、採卵により多くの回収卵子数(MD 0.50、95%CI 0.02〜0.98)および良好な卵巣反応(hCG注入日のエストロゲンレベルを代替)の増加(MD 685.3、95%CI 464.50〜906.10)と関連しているとしています。しかし、内膜症性嚢胞除去術は、調節卵巣刺激に対する卵巣反応の低下(MD -510.00, 95% CI -676.62 〜 -343.38)とも関連していましたが、回収卵子数には差がありませんでした。内膜症吸引術と内膜症性嚢胞除去術の比較では、臨床妊娠率や回収卵子数に違いがあるという証拠はありませんでした。
⑥手術により卵巣予備能は低下する報告
Raffiらは、237人の内膜症性嚢胞除去術後女性のAMHレベルを測定した8つの論文のメタアナリシスを実施しました(J Clin Endocrinol Metab. 2012)。プールデータでは、内膜症性嚢胞除去術を受けた患者のAMHが低下していました。感度分析後の加重平均差は-1.53ng/ml、95%CIは-1.04〜-2でした。
⑦手術により卵巣予備能は低下し、卵巣反応は不良になる報告
Hamdanらの研究では、33件の研究を分析し、そのうち3件はRCT、30件はケースコントロール研究とコホート研究を合わせたメタアナリシスを実施しました(Hum Reprod Update. 2015)。外科的介入には、腹腔鏡と開腹の両方、内膜症性嚢胞壁の凝固を伴うまたは伴わないドレナージ、または壁の剥離を伴うまたは伴わない内膜症性嚢胞除去が含まれていました。両群において、着床率(OR 0.90、95%CI[0.63〜1.28])、臨床妊娠率(OR 0.97、95%CI[0.78〜1.20])、回収卵子数(SMD -0.17、95%CI[-0.38〜0.05])、流産率(OR 1.32、95%CI[0.66〜2.65])、周期キャンセル率(OR 1.17、95%CI[0.69〜2.00])は差がありませんでした。しかし、体外受精前に手術を受けた患者では、胞状卵胞数が有意に少なく(SMD -0.53 [-0.88〜-0.18])、卵巣刺激に必要なtotal FSHも多くなりました(SMD 1.45 [0.23〜2.68])。
⑧手術により卵巣予備能は低下し、卵巣反応は不良になる報告
Taoらによる21件のメタアナリシスを行いました(PLoS One. 2017)。卵巣刺激に必要なゴナドトロピン量は、内膜症手術を実施している郡では増加することがわかりました(逆分散(IV):0.48; 95% CI [0.13〜1.82])。hCG投与日のエストロゲンレベル(IV:-0.29;95%CI[-0.41〜-0.17])、回収卵子数(IV:-1.78;95%CI[-2.38〜-1.17])は、手術既往群で減少しました。刺激期間(IV値:0.02、95%CI[-0.09〜0.13])、受精卵数(IV値:-0.06、95%CI[-0.17〜0.04])、妊娠率(IV値:0.98、95%CI[0.82〜1.18])、出生率(IV値:0.93、95%CI[0.70〜1.23])は差がありませんでした。
⑨手術により卵巣予備能は低下する報告
Wuらが実施した13件のメタアナリシスでは852人は外科的治療群、736人は内膜症手術非介入群としました(J Minim Invasive Gynecol. 2019)。
1周期あたりの生児出生率は、内膜症手術非介入群の16.1%~42.6%に対し、外科的治療群では11.8~37.9%と同程度でした。また、回収卵子数と受精率も両群で同等でした。着床率は、手術群が12.8~32.1%であったのに対し、内膜症手術非介入群は12~24.2%でした。妊娠率は、外科的治療を受けた患者では15.7~43.1%、内膜症手術非介入群では19.4~51.5%でした。流産率は、手術群では7.6~25%、内膜症手術非介入群では10~28.6%でした。全体の周期中止率は、手術群で6.3~47.1%、内膜症手術非介入群で1.5~35.5%と手術群で高くなりました。
手術は決して悪くないよという論文は下記になります。
①Alborziらは、8件の研究を対象としたメタアナリシスにおいて、体外受精を行う前に手術(38.3%、95%CI [32.3〜44.7])および吸引±硬化療法(40.8%、95%CI [27.7〜54.6])を行うことで、体外受精のみを行った患者(32%、95%CI [15.0〜52.0])と比較して、妊娠率が向上したことを明らかにしました(Reprod Med Biol. 2019)。また、体外受精前に手術と子宮内膜症の吸引を行ったグループでは、ホルモン剤の刺激期間や投与量に違いはなく、受精率が上昇しているようだと報告しています。
②Nikkho-Amiryらが行った内膜症手術群と内膜症手術非介入群の10件の研究のメタアナリシスでは生児出生率(OR 0.75、95%CI 0.54〜1.06)、臨床妊娠率(1.08 95%CI 0.80〜1.45)、妊娠率(OR 0.88、95%CI 0.60〜1.29)に差はありませんでした(Arch Gynecol Obstet. 2018)。しかし、回収卵子数(平均差-0.43、95%CI -1.67〜0.80)や卵巣刺激に用いるゴナドトロピン量(平均差1.31、95%CI -3.87〜6.50)も他の検証とは違い差を示しませんでした(Arch Gynecol Obstet. 2018)。
≪私見≫
体外受精を先にするか手術を先にするかですが、まだまだ結論はでていません。
個別に患者様に情報提供し意思決定をしていただく必要があると考えています。
ただ、施設環境により体外受精・手術のどちらかよりの話をしてしまいがちですが、あくまで根拠と患者の意思決定にもとづき後悔ない医療を提供していくことが求められていると考えています。当院では亀田総合病院や他の施設と連携し手術を行える環境ですが、私自身 体外受精を専門として理論武装している感があり、どうしても体外受精を勧めがちになってしまうのではないかと反省もこめて今回改めて2022年度の最新エビデンスを整理してみました。
文責:川井清考(院長)
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