不育症の体外受精女性に抗凝固療法は効果的?(論文紹介)
体外受精の胚移植・着床時期に伴う抗凝固療法の適応は懐疑的な意見が多くなっています。個別化医療の一つとして、体外受精の胚移植時の抗凝固剤の使用はよく話題にあがります。抗凝固剤の使用に否定的な論文は、凝固異常を認めない反復着床不全患者を対象に検証を行なったりしており、本当に効果があった症例が埋もれてしまった可能性があります。今回は基本に戻り、凝固異常のある不育症患者に着床初期から抗凝固療法を行うと意味があるか?と示した論文をご紹介いたします。
≪論文紹介≫
Elvira Grandone, et al. Hum Reprod. 2021.DOI: 10.1093/humrep/deab153
ヘパリンやアスピリンの有効性に関するRCTは、どのような患者を対象とするか、また有効性を示す症例を集めるためには多大な期間を要することから現在まで核心をついた報告がありません。
2012年-2019年にかけて,3か国(アメリカ・イタリア・セルビア)の12病院で実施された前向き多施設コホート研究です。対象者は3回以上の流産、2回以上の流産で一子は染色体正常であることが確認できている場合、妊娠20週以降の流・死産を経験したことがある妊娠女性を医療機関の判断を踏まえて対象としています。
評価項目として、周産期結果に関連する因子をみつけること、周産期結果を踏まえて臨床介入(抗凝固療法)を評価すること、抗凝固療法の効果が期待できる患者の特徴を評価することとしました。傾向スコアマッチング法を用いて評価しています。
結果:
265名の妊娠女性のマッチドサンプルが分析され、全員が血栓症スクリーニング(抗リン脂質抗体症候群、AT III欠損、プロテインC欠乏、プロテインS欠乏、Leiden変異、PTmのホモバリアント、ダブルヘテロバリアント)受け、血栓症素因のある119名中103名(86.6%)と血栓症素因のない146名中98名(67.1%)に低分子ヘパリン療法および/または低用量アスピリン療法が実施されました。204例(77%)で生児出生、61例(23%)で流・死産となりました。ロジスティック回帰の結果、血栓症素因と低分子ヘパリン療法による治療との間に有意な相互作用が認められました(P = 0.03)。感度分析の結果、先天性または後天性の血栓症素因の女性が何も治療を受けていない場合の流産のオッズ比は2.9(95%CI、1.4-6.1)で、低分子ヘパリン療法(低用量アスピリン療法を含む、または含まない)の実施は生児出産と強く関係していました(オッズ比、10.6、95%CI、5.0-22.3)。更に、血栓症素因のない女性でも、生児出産のオッズ比は低分子ヘパリン療法の予防投与(低用量アスピリン療法を含む、または含まない)と有意かつ独立して関連していました(OR, 3.6; 95% CI, 1.7-7.9)。
結論:
妊娠中の抗凝固療法は,3回以上の流産、2回以上の流産で一子は染色体正常であることが確認できている場合、妊娠20週以降の流・死産を経験したことがある妊娠女性には生児獲得には有効です。
≪私見≫
血栓素因をもつ女性は、通常女性に比べて流・死産の割合が3倍高いことは過去の報告からも示されています(Rey, et al.2003;Tormene, et al.2012;Villani, et al. 2012;Bender Atik, et al. 2018;Han, et al. 2021)。
今回の論文は医療機関の判断に治療の有無が委ねられていたとはいえ、現在までの報告をアップデートさせた内容だと思っています。ただし、誤解をうまないように説明すると、低分子ヘパリン療法(低用量アスピリン療法を含む、または含まない)の実施は妊娠7週までであり着床後であったこと(移植日からではありません)、血栓素因がない場合の低分子ヘパリン療法の予防投与の有効性にも触れられていますが、低分子ヘパリン療法と低用量アスピリン療法の生児出産率には差がなさそうであること(つまり素因がない人にヘパリンは侵襲的すぎるのでは?)はしっかり理解しないといけません。
体外受精治療がうまくいかないと盲目的にどんどん薬を追加する習慣があります。
患者の立場に立って、できることを考えていくことも大事ですが、侵襲性が高い薬を根拠もなく使う慣習や論文の誤認からの薬剤投与は徐々に無くなっていくべきなのだと思っています。私自身、日々、自省するように心がけています。
文責:川井清考(院長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。