成熟精子選択法について その2.精子DNA断片化の影響

昨日お伝えした精子に関するブログでは「精子は新しい生命に必要なDNAの半分を送り届けるためだけに生まれてきた」というお話をさせていただきましたが、ここ数年不妊原因のひとつとして精子DNA断片化が注目されている傾向があり、一般のネットニュースなどでも取り上げられています。

何度も流産…精子のDNA異常も一因?
英インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)医学部の研究チームは、3回以上続けて流産したパートナーを持つ男性50人の精液の質を調べた。その調査結果を、健康な妊娠期間を送ったパートナーを持つ男性の実験参加者60人の精液の健康状態と比較したところ、前者の男性らは精子のDNAの損傷が2倍多かった。

January 4, 2019, Imperial Collage London

また、精子DNA断片化やそれに影響する活性酸素量の増加などは男性の年齢と共に増加するという報告もあり、海外の発表では女性因子を取り除いた状態で20代の男性の精子と40代の男性の精子を比較したところ、40代の男性の精子で妊娠した例では流産率が2倍高かったとの報告もあります。
生殖医療現場では精子調整ははじめに行う工程であり、その際に運動率を測定し、次の評価項目が受精率のため受精率に注目しがちですが、精子の質が不妊治療における最後の関門の流産に影響するというのはいささかトリッキーです。
しかしながら、「DNAはカラダをつくる設計図」だということを考えれば、設計図の一部が損傷もしくは欠損しているので着床後に複雑な人体を形成していく過程でつくることが出来ないということも不思議ではありません。

DNA損傷の少ない精子をテーマにした文献でひとつ興味深い発表があります。
ダイヤモンド☆ユカイさんでも有名になった無精子症ですが、射出精子よりも精巣内精子採取術(TESE)で採取した精巣内精子の方がDNA断片化は少なく、流産率が低いという報告です。
“メタアナリシス”という複数の研究結果を考察してまとめる文献ですが、いずれの研究結果もTESE精子の方がDNA損傷率は低く、流産率が低いという結果です。

メタアナリシスに使用するフォレストプロットという特殊なグラフでこれまた難解ですが、簡単に言うと右側に分布しているか左側に分布しているかで比較対象のデータを可視化するようなイメージです。(著作権上、図表をそのまま使用できないのでイメージだけでも伝わるように自分で作成してみました。ご興味ある方は文献名などで検索すると実際のデータをご覧いただけます。)

【文献】Reproductive outcomes of testicular versus ejaculated sperm for intracytoplasmic sperm injection among men with high levels of DNA fragmentation in semen: systematic review and meta-analysis 
Fertility and Sterility Vol. 108:456-67, No. 3, September 2017

TESEは、無精子症患者の精巣を手術して精巣内の精子を採取するという高度で難解な技術なので、例え成熟精子が採取できたとしてもその後の胚発生や妊娠の成績も厳しいのではないかと思いきやDNAという視点では射出精子よりも優位とはいささか驚きです。
その理由として、射出精子は精巣内で生成されてから射出・受精までの間に活性酸素などの外敵に攻撃されてDNA損傷が生じるということが原因のようです。
この著者は、「精子のDNA損傷が高度な方にはTESE(精巣内精子採取術)が有効な場合がある」と大胆な結論を導いていますが、その“射出精子があるのにわざわざ精巣を手術して精子を採取する”という方法論に関しては当然反対意見も多いです。

それでは、DNA損傷が無い(少ない)精子を選択する方法は他にあるのでしょうか?
明日お送りする精子に関するお話では、精子DNA断片化に関する当院の取り組みをご紹介します。

文責:筋野(品質管理担当室長)

~今週のブログはICSIにフォーカスしてお伝えします~
8月29日(土)には管理胚培養士の平岡がお話しするwebセミナー「卵子と精子のお話し」もございます。培養士目線からわかりやすい言葉で、みなさんからよくある質問を交えてお話しします。ここでもICSIについて詳しくお伝えしますので、理解を深めるためにも是非ご参加ください。
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お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。