卵子質/量の年齢依存性変化を数理モデル化した研究(当院関連論文)
【はじめに】
加齢に伴う妊孕性の低下は広く認識されている現象ですが、卵子の質と量の変化の定量的評価は不十分でした。従来の研究では「年齢とともに妊娠しにくくなる」という抽象的な表現にとどまり、具体的な数値による説明が困難でした。生殖補助医療における意思決定を支援するためには、これらの変化による出生率への影響を定量的に予測する数学的モデルの開発が重要です。当院でのデータ、国内ARTレジストリデータ、PGT―Aデータから卵子質/量の年齢依存性変化の数理モデル化を行なった報告をご紹介いたします。
当院の成長は、患者様から与えてもらったデータからのリアルタイムデータを用いた診療・治療スタイルと共にあります。これを実現できたのは筆頭著者である筋野氏を含む、亀田IVFクリニック幕張のスタッフ、そして患者様ありきです。感謝申し上げます。
【ポイント】
ロジスティックモデルを卵子老化に応用し、ガンマ分布と組み合わせることで、年齢依存性の卵子質・量の数理モデルを構築し、個別化された生殖医療の意思決定支援ツールの開発に成功しました。
【引用文献】
Sujino T, et al. Front Endocrinol (Lausanne) . 2025 Jun 08. doi: 10.3389/fendo.2025.1595970
【論文内容】
加齢に伴う妊孕性の低下は広く認識されている現象ですが、卵子の質と量の変化の定量的評価は不十分でした。生殖補助医療における意思決定を支援するためには、これらの変化による出生率への影響を定量的に予測する数理モデル開発が重要です。
亀田IVFクリニック幕張における8年間のIVF治療データを用いて、27-45歳の患者を対象に卵子の質と量に基づく出生率予測の数理モデル開発を目的としたレトロスペクティブコホート研究です。第一段階では、医学的に意味のあるモデル関数を選択し、重み付き非線形最小二乗回帰を用いた曲線フィッティングにより、年齢関連の卵子質・量変化を定量化しました。卵子の質については、凍結融解胚盤胞移植あたりの出生率と倍数性率の相関をモデル化し、国内ARTレジストリデータ(125,674例)、PGT-Aデータ(14,614例)、当院データ(4,069例)という3つの独立したデータセットで比較分析を実施しました。卵子の量については、AMH値、AFC数、MII数、移植可能胚数の分布を二次元重み付き非線形最小二乗回帰により解析しました。第二段階では、これらの結果を統合し、複数の説明変数を組み込んだロジスティック回帰分析を適用して、凍結融解胚盤胞移植および採卵あたりの出生率を分析しました。
結果:
曲線フィッティング結果の調整済みR二乗値はすべて0.9以上であり、極めて高い適合精度を示しました。
卵子の質評価において、すべてのデータセットで値が40歳時に最高値の半分まで低下することが示されました。具体的には、最大出生率を100%とした場合、34歳で90%、37歳で75%、40歳で50%、43歳で25%、46歳で10%まで低下することが定量的に明らかになりました。
卵子の量に関しては、4つの量的因子すべてでガンマ分布による完全な分布特性の数学的モデル化に成功し、任意のパーセンタイル値での計算が可能となりました。
胚盤胞グレードと培養期間を説明変数として組み込んだロジスティック回帰分析により、単一指標(出生率)に基づく胚選択が可能となりました。
年齢、AMH値、採卵回数を説明変数とした採卵あたりの出生率予測モデルでは、AUCが0.84、精度が76.4%と高い予測性能を示し、多変数予測ツールによる出生率推定の価値ある洞察を提供することが実証されました。
【私見】
当院のデータマネージメントを行っている筋野が、亀田IVFクリニック幕張開院から8年間のデーを用いて解析を行いました。
このモデルの優れた点は、ロジスティックモデルを生殖医学に応用しパラメータに明確な臨床的意味があることです。最大出生率(y₀)は医療技術の向上により改善可能な外的要因を、半減年齢(x₀)と低下幅(ω)は生物学的に決定された内在的要因を表現しており、「技術で改善できる部分」と「生物学的に避けられない部分」を数学的に分離したことは画期的です。
3つの独立したデータセット(JSOG、PGT-A、当院データ)で半減年齢が約40歳、低下幅が約3年という共通パラメータが得られたことは、40歳前後での急激な卵子品質低下が生物学的に普遍的な現象であることを実証しています。これまでの研究でも年齢と妊孕性の関係は報告されていましたが、具体的な数値として「40歳で出生率が半減する」という定量的な指標を提示したことは、患者カウンセリングや卵子凍結のタイミング決定において非常に有用です。
AMH、AFC、MII数、移植可能胚数の4つの量的因子すべてでガンマ分布が適合したことは、生殖老化の統一的メカニズムの存在を示唆しています。従来の正規分布仮定による「平均±標準偏差」では不可能だった完全な分布表現により、「35歳でAMH 2.0 ng/mLの患者は同年代の25パーセンタイル相当」といった個別評価が可能になりました。
一つの区切りとして、この報告がパブリッシュされたのは感慨深いです。次のステージに進みたいと思います。
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文責:川井清考(院長)
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