受精卵・胚の形態評価に関する改訂ESHRE/ALPHAコンセンサス(Hum Reprod. 2025)

【はじめに】

ヒト胚の発育評価は、体外受精治療において重要なポイントです。に2011年にALPHAとESHREは、卵子、接合子、胚の評価に関するイスタンブールコンセンサスを共同で作成しました。それから10年以上が経過し、タイムラプスが胚培養と評価に統合されたことで、形態学的評価と形態動態学の包括的な枠組みが確立されました。これらの発展を踏まえ、コンセンサスの見直し・更新がされましたので、こちらをご紹介いたします。

【ポイント】

本改訂コンセンサスは卵子と胚の形態評価および移植のための胚ランキングに関する新たな推奨事項を示しています。

【引用文献】

The Istanbul consensus update: Hum Reprod. 2025 Apr 28:deaf021. doi: 10.1093/humrep/deaf021.

【論文内容】

The Istanbul consensus updateは、卵子と胚の形態学的評価および移植のための胚ランキングに関するいくつかの新たな推奨事項を提供しています。
Alpha Scientists in Reproductive Medicineの執行委員会メンバー7名とESHRE Special interest group of Embryologyメンバー10名で構成されるワーキンググループが、卵子と胚の評価に関する推奨事項を作成しました。
系統的な文献検索と既存のエビデンスの議論に基づき、The Istanbul consensus(2011)の推奨事項が再評価され更新されました。草案が完成した後、ステークホルダーレビューが実施され、最終版はワーキンググループ、Alphaの執行委員会、およびESHRE執行委員会によって承認されました。

【私見】

最も重要な変化はタイムラプス導入であり、これにより「形態動態学」が登場しました。
タイムラプスは胚の連続的な観察を可能にし、培養操作や環境変化を最小限に抑えます。
特に注目すべき点として、タイムラプスデータに基づいて従来の「受精後〇日目」という概略的な表現ではなく、分や時間単位で発育を観察する重要性が強調されています。
また、Day 7胚盤胞や1PNや0PN胚から生まれた健康な出生例についても言及されており、これらの胚の臨床使用の可能性についての検討も含まれています。
興味深いのは、AIが胚評価ツールとして有望であるという認識ですが、従来の評価法の代替ではなく補完として位置づけられていることです。調査によると、回答者の14%のみがAIを使用しており、その大半(71%)はタイムラプスビデオでの胚評価に利用しているとのことです。

推奨項目は以下のとおりです。

卵子の評価

  • 異常に大きな卵子(巨大卵子:>180μm径)は治療には使わないようにしましょう
  • 小さすぎる(<100μm径)/大きすぎる卵子やIVM卵子は、正常に発育しにくい可能性があるため、使用する場合は特別に記録して追跡できるようにしましょう
  • 治療に使う胚は、大きな空胞(>25μm)がない、滑面小胞体の塊がない、形が整っている、極端に大きな第一極体(サイズ記載なし)がないMII卵子由来のものを優先しましょう
  • 通常と異なる形(楕円形など)の卵子やIVM卵子から生まれた赤ちゃんについては、出生前から出生後まで特別な経過観察が必要です

受精卵の評価

  • 前核数は、従来のIVFでもICSIでも、受精後16-17時間で確認しましょう
  • 2PN胚を治療に優先的に使いましょう
  • 1 PN胚や2.1 PN胚も、SNPアレイ解析やハプロタイピング技術を用いたPGT-A検査で両親からの正常と確認できれば、患者さんと十分に話し合った上で使用を検討できます
  • 3 PN胚は通常の治療には使わないほうがよいですが、研究目的では調査を続けるべきです
  • 前核の位置や大きさなどの特徴は、一時点での観察では正確に評価できないため、発育能力の指標として一貫して使うことはできません

(注釈)0.1PN起源は79.9%が女性由来、1.0%が男性由来、19.1%が起源不明とされています。15μm径未満を0.1PNと定義しますが、平均的には約10μm径(範囲:9.8-10.2μm)です。

1-3日目の胚評価

  • 1日目に2細胞、2日目に4細胞、3日目に8細胞で、断片化が少なく(10%未満)、細胞の核が一つずつあり、細胞の大きさが均等な胚は、初期胚移植や凍結保存で優先すべきです
  • 細胞の配置が不規則、空胞がある、細胞質に粒状物がある、透明帯に異常があるといった特徴のある初期胚も治療に使えますが、さらに長く培養して様子を見ることも検討しましょう

4日目の胚評価

  • 細胞がしっかり圧縮しているか、早めに腔形成が始まっている4日目胚は、4日目の移植や凍結に優先的に選びましょう
  • 部分的にしか圧縮していない胚も胚盤胞になる可能性があるので治療に使えますが、さらに長く培養して発育を確認することも検討しましょう

5-7日目の胚評価

  • 胚盤胞の評価にはGardner分類を使いましょう。
  • 生存の見込みがない胚盤胞は、変性が見られるかICMがはっきりしない場合、「C」ではなく「D」グレードとしましょう
  • 胚盤胞になった日(4-7日目)、拡張の程度(3,4,5,6段階)、ICMとTEの質(A,B,C)は、着床の可能性に明らかに関連しています
  • ICMやTEの質が「C」グレードの胚や、7日目にようやく胚盤胞になった胚も、生存の可能性があり治療に使える場合があります
  • ICMが2つある胚盤胞は一卵性双子になる可能性があるため、患者さんに十分な説明をせずに移植すべきではありません
  • どの特徴dが最も重要かを決めるには、大規模なデータによる統計分析が必要で、特に新鮮胚か凍結胚か、遺伝子検査済みかどうかでも評価が変わってきます

胚培養期間と観察頻度

  • 長期間の胚培養(胚盤胞まで)は標準的な方法として認められています
  • 胚培養の期間と胚を観察する頻度は、各施設の設備やスタッフの技術に合わせて調整し、胚の発育を妨げないよう培養環境の変化を最小限にするべきです

今後の研究で解明すべき課題は下記があげられています。

将来の技術開発

  • AIを使った胚選択システムの、施設や患者によって異なるデータの客観的な整備
  • 患者さんの胚の中から最も妊娠につながりやすい胚を見つけ出し、それぞれの胚が赤ちゃんの誕生につながる確率を正確に予測できる、より優れた分析システム構築

卵子の評価

  • 現在の研究は「異常があるかないか」という単純な判定に頼っており、それぞれの異常がどの程度の問題なのかを数値で表す方法がないこと
  • 卵子の形や状態を数値で正確に測定し、どの施設でも同じ基準で評価できるシステムを作る必要
  • 排卵誘発の薬の種類や使い方が卵子の質にどう影響するかについて、まだ十分に調べられていないこと
  • 卵子の評価にAIを活用する方法についても、もっと研究する価値

受精卵の評価

  • タイムラプスにより、前核の大きさ、位置、内部構造、細胞質の様子などが時間とともに複雑に変化することが分かったが、これらの情報を使って胚の発育能力を予測するのは実際には困難
  • タイムラプス、画像解析、AIなどを組み合わせて、受精がうまくいっているかどうかを判断する新しい指標を見つける必要
  • これまで使えないとされていた1PN胚は3 PN胚の中から、実は正常な染色体を持っていて使える胚を見つけ出す方法を、タイムラプスと遺伝子検査を使って開発する必要

1-3日目の胚評価

  • 初期胚をいつ観察するのが最も良いかがまだはっきりしていないこと
  • 細胞の中に多核がある状態について、どの程度重要な問題なのか、何個の核があるとダメなのか、どの段階で起こると問題なのかなど、まだ分からないこと
  • どんな胚は治療に使わない方が良いかの基準について、まだ知識が足りないこと
  • タイムラプスを使った研究により、観察のタイミング、胚の見た目、実際の治療成績の関係についてより深く理解できると期待されること

4日目の胚評価

  • 培養液の成分(カルシウムやマグネシウムなど)が、胚が圧縮するタイミングや見た目にどう影響するかが分からないこと
  • 胚の圧縮がどのタイミングで起こるか、なぜ一部の細胞が排除されるのかといった、細胞レベルでの基本的なメカニズムを解明する必要

5-7日目の胚評価

  • 胚盤胞の形や発育スピードに基づいて、実際の臨床で使える胚の優先順位をつける最良の方法がまだ確立されていないこと
  • 胚盤胞の評価システムと、より正確な順位付けができる客観的な測定法を開発する必要があること
  • 胚の見た目以外にも生存能力を示す指標を見つけ出し、胚を傷つけることなく評価する方法を改善する必要

胚培養期間と観察頻度

  • 全ての患者さんに対して胚盤胞まで培養することが本当に良いのかどうか、十分な証拠がまだないこと
  • 培養中により頻繁に胚を観察することで、より良い胚選択や治療成績の改善につながるかどうかを調べる必要

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文責:川井清考(院長)

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