精索静脈瘤における酸化ストレスと精子のマイクロRNA

【研究の紹介】

Oxidative stress-related miRNAs in spermatozoa may reveal the severity of damage in grade III varicocele

精子における酸化ストレス関連miRNAは、グレードIII精索静脈瘤における損傷の重症度を示す可能性がある

Ashrafzade AM, 他. Andrologia. 2020 Oct;52(9):e13598. doi: 10.1111/and.13598. PMID: 32478945.

精液と酸化ストレスとの関連について調べていて見つけた研究の一つを今回ご紹介します。
精索静脈瘤は、活性酸素種(ROS)の過剰産生と関連していることが知られています。ROSが精子のDNA、タンパク質、脂質に及ぼす有害な影響については多くの報告がありますが、精子におけるマイクロRNA(miRNA)の発現に対する影響については、まだ十分には解明されておりません。miRNAは遺伝子の発現を制御するシステムの一つで精子にも含まれています。最近の研究により、特定のマイクロRNA(miRNA)が酸化ストレスの調節に関与しており、それらの異常な発現が不妊男性における精子形成障害と関連していることが明らかになっています(Kotaja, 2014; M. Rao et al., 2017)。今回紹介する研究者の検討では、miR-21、miR-34a、miR-122a といった特定の miRNA の発現レベルが、酸化ストレスに応答して変動することが明らかとなったとしています。この発現変化は、マウスにおける精子形成異常に起因する可能性が示唆されるとしています。今回の研究では、この三つのmiRNAの発現についてヒトの精子を用いて解析しています。

要約:
この研究では、miR-21、miR-34a、miR-122aの発現パターンおよびROSのレベルを、以下の3群に分けて解析しました:

  • 妊孕性のある対照群(FC:精索静脈瘤がなく、自然妊娠の実績がある男性、n = 15)
  • 精索静脈瘤グレードIIIで精液所見が正常な群(VN、n = 15)
  • 精索静脈瘤グレードIIIで精液所見が異常な群(VA、n = 15)

miRNAの発現解析にはリアルタイムPCRを用い、酸化ストレスの評価にはマロンジアルデヒド(MDA)濃度の測定を行いました。
MDAは原精液を用い、精子miRNA解析には、密度勾配法を用いて選別した精子を用いました。
その結果、VNおよびVA群の精子において、miR-21(p = 0.001)、miR-34a(p = 0.007)、miR-122a(p < 0.001)の発現量が、対照群に比べて有意に低下していることが明らかとなりました。また、精索静脈瘤患者の精液サンプルでは、対照群に比べて酸化ストレスの指標が有意に上昇している(p < 0.0001)ことも確認されました。
これらの結果は、酸化ストレスが特定のmiRNAの発現パターンに変化を引き起こすことを示しており、こうした変化が精索静脈瘤に起因する酸化ストレスの診断および予後予測における有用なバイオマーカーとなり得る可能性を示唆しております。これにより、精子形成能の維持に必要な機序解明に役立つことが期待されます。

【筆者の意見】

本研究は、精索静脈瘤が精子に及ぼす影響を分子生物学的観点から検討した意義深い研究です。特に注目すべき点は、精液所見の正常・異常にかかわらず、grade IIIの精索静脈瘤患者において特定のmiRNA(miR-21、miR-34a、miR-122a)の発現異常が認められたことです。これは、従来の精液検査では検出できないレベルの男性生殖機能の異常が、miRNA解析を通じて明らかになる可能性を示唆しています。
また、精索静脈瘤の診断は、視診・触診に加え、我が国では超音波検査所見を組み合わせて行われることが多い一方で、診断基準や治療適応の判断が必ずしも一定でないという課題があります。こうした中で、本研究のように従来の精液検査のパラメータに依存しない分子生物学的指標を用いることは、診断の客観性や治療適応の標準化に資するものであり、臨床的にも非常に重要な示唆を含んでいると考えられます。
さらに、本研究では密度勾配法によって選別された精子を用いてmiRNAの発現を測定していますが、選別後の精子においてもmiRNAの発現に差異が認められた点は非常に興味深い所見です。体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)において、選別して形態的に正常と判断された精子を使用しても胚発生が不良となる症例が存在することが知られています。このような現象にmiRNA発現の異常が関与している可能性も示唆され、今後の研究において重要な検討課題となると考えられます。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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