精巣癌に対する化学療法後いつまで精子DNA損傷が高いかについて

≪研究の紹介≫

精巣癌に対する化学療法による精子DNA断片化の長期的な解析

Long-term effect of cytotoxic treatments on sperm DNA fragmentation in patients affected by testicular germ cell tumor.
Farnetani G et al. Andrology. 2023 Nov;11(8):1653-1661. PMID: 36932666.

はじめに

精巣癌は生殖年齢の男性において最も頻度の高い癌で、5年生存率は95%で治療後に妊娠出産となる方は少なくありません。抗悪性腫瘍薬(いわゆる抗がん剤)による治療(化学療法)は、男性の生殖機能を低下させ、特に治療後1年以内に精子DNA断片化を引き起こします。より長い追跡期間に関する文献データはさまざまで、大多数は2年以内のものです。

≪要旨≫

この研究の目的は、精巣癌患者の化学療法での治療終了から2年後および3年後を調査し、精子DNA損傷が回復するタイミングと、重度の精子DNA損傷を有する患者の割合を明らかにすることです。

研究対象と研究方法は以下のようになっていました。
精巣癌患者115人を対象に、治療前(T0)、治療終了後2年(T2)、治療終了後3年(T3)の時点での精子DNA損傷を調べました。精子DNA断片化の測定はTUNEL法とフローサイトメトリーを組み合わせて行われました。症例は、カルボプラチン(CP)、ブレオマイシン-エトポシド-シスプラチン(BEP)、放射線治療(RT)の三つの治療によって分けて解析されました。24症例については、すべての時点(T0 -T2 -T3 )で精子DNA損傷のデータが得られました。79例の癌のない、生殖能力のある精液所見の健常男性を対照としました。重度のDNA損傷は、対照における95パーセンタイル(精子DNA断片化率=50%)としました。
結果は次のようになりました。 精巣癌患者と健常男性(対照)を比較すると、以下のことが観察されました:
(i)T0とT3では差はなく、(ii)T2ではすべての治療群で精子DNA断片化レベルが有意に高値でした(p < 0.05)。115例の治療前と治療後を比較すると、T2における精子DNA断片化レベルの中央値が全群で高値を示し、カルボプラチン群でのみ有意(p < 0.05)でした。精子DNA断片化率の中央値は、すべての時点のデータのある症例ではT2で高くなっていましたが、約50%の患者はベースラインに戻っていました。全症例でみると重度のDNA損傷の割合は、T2では23.4%、T3では4.8%でした。

現在、精巣癌患者は、自然妊娠を希望する前に治療後2年間待つよう勧められています。今回の研究結果は、この期間が十分でない場合が一定数ある可能性を示唆しています。一方、精子DNA断片化の解析は、がん治療後の妊娠前のカウンセリングに有用なバイオマーカーとなると考えられます。

表. 化学療法をうけた精巣癌患者における(治療前後)で重度DNA損傷(精子DNA断片率50%以上)を示した症例の割合の推移

治療群 精子DNA断片率50%以上の症例数/解析症例数(%)
治療前 治療終了後2年 治療終了後3年
CP 2/21(9.5) 5/27(18.5) 0/19(0)
BEP 2/29(6.9) 9/37(24.3) 3/32(9.4)
放射線 1/6(16.7) 4/13(30.8) 0/11(0)

≪筆者の意見≫

日本癌治療学会で作成された『小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン』2017 年版では、次のように記載されています。

CQ3:泌尿器がん患者が挙児を希望した場合,治療終了後いつから挙児または妊娠可能となるか?
2.催奇形性を有する薬剤や胎児への安全性に関する情報が十分でない薬剤が使用された場合には,適切な期間の避妊が考慮される。(推奨グレードC1)

また、その解説には以下のような記載があります。

....治療開始前の精子凍結保存が実施されていない場合には,治療終了後,一定の期間の避妊が推奨される。一般に,催奇形性を有する薬剤の治験の場合,薬剤の半減期の5 倍に女性の場合は30 日,男性の場合は90 日を加算した避妊期間が推奨されることが多い。
....抗がん薬治療や全身放射線治療後の精子形成回復期(2 年間)において精子の染色体異常が確認されている。しかし,精子形成回復期およびその後パートナーが妊娠した場合に胎児に先天異常がみられる頻度が増加するというエビデンスもない。
....挙児希望時にできるだけ遺伝カウンセリングを提供することが望ましいとする意見がある。

ということで明確な避妊期間の記載はないものの、やはり2年間は精子に異常な場合があるという書き方です。今回ご紹介した研究では化学療法終了後2年経っても2-3割の方で精子DNA断片化率が50%以上となっていました。
当院では、治療方針決定に重要な検査として、精子DNA断片化率の測定はなるべく早い段階でお勧めしています。化学療法後に挙児希望のある方の場合も、精液検査と一緒に精子DNA断片化率を測定しておく意義は十分あると考えられます。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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