卵巣刺激前のホルモン治療は治療効率を上昇させるか。(ESHREガイドライン2019)
卵巣刺激前のホルモン治療は、患者様や医療施設の治療を円滑に進めるための体外受精スケジューリングを目的とした調整に多く用いられます。実際、ESHRE(ヨーロッパ生殖医学会)生殖医療Guideleine Development Groupでは「スケジュール管理の目的でエストロゲンまたはプロゲステロンが広く使用されていることを認めています。これは、有効性と安全性に関するデータを考慮すると、おそらく許容範囲内であると思われます。(Conditonal)」
それ以外にも、治療としての有効性も議論されています。
卵巣刺激開始時のLHおよび/またはFSHの分泌抑制を目的としています。そうすることにより、①発育卵胞の発育スピードの同期化 ②早発発育卵胞や早期LHサージの予防 ③シスト形成の予防 など様々な目的で使用されています。
ESHREのガイドラインでは卵巣刺激前のホルモン治療が「治療効率」を上昇させるかにだけフォーカスをあてて議論されています。
①エストロゲンを用いた前処置
コクランのメタアナリシスは、744人の女性を含む4つのRCTを組み合わせて検討されています。GnRHアンタゴニストプロトコルでエストロゲン前処置あり/なしを比較したところ、生児出産率/妊娠率(2 RCT、OR 0.79、95%CI 0.53~1.17、502人の女性)、臨床妊娠率(4 RCT、OR 0.91、95%CI 0.66~1.24、688人の女性)では群間に差はありませんでした(Farquharら. 2017)。
GnRHアンタゴニストプロトコルにエストロゲン前処置なし群と比較して、前処置あり群群では回収卵子数は増加しました。(2 RCT、MD 2.23、95%CI 0.71~3.75、139人の女性)(Farquharら. 2017)。
上記以外の2018年の140名の女性のRCTでは、GnRHアンタゴニストプロトコルでエストロゲン前処置あり/なしを比較し、臨床妊娠率(42.9%(27/63)vs.34.3%(24/70))成熟回収卵子数(10.71±3.73 vs.10.40±4.38)に有意差はなく、OHSS発症リスクも変化しませんでした。(Shahrokh Tehrani Nejadraら. 2018)
GnRHアンタゴニストプロトコルを用いた卵巣刺激の前にエストロゲンを用いた前処置を行うことは、おそらく有効性と安全性を向上させるためには推奨されません。(Conditional)
②プロゲステロンを用いた前処置
421人の女性を含む4つのRCTで検証されています。プロゲステロン前処置あり/なしと比較したところ、GnRHアゴニストプロトコルでは、グループ間での生児出産/妊娠継続率に差は認められませんでした(2 RCT、OR 1.35、95%CI 0.69-2.65、222人の女性)。GnRHアンタゴニストプロトコルでの生児出産/継続妊娠率に差があるかどうかを決定するためのエビデンスは不十分となっています(1 RCT、OR 0.67、95%CI 0.18-2.54、47人の女性)(Farquhar, et al.2017)。
GnRHアゴニスト(2RCT、MD -0.52、95%CI -2.07~1.02)およびGnRHアンタゴニストプロトコル(1RCT、MD 2.70、95%CI -0.98~6.38)の両方において、プロゲストーゲンによる前処理が、回収された卵子の平均数で群間の差をもたらしたかどうかを決定するための十分な証拠はありませんでした(Farquhar、他、2017)。
卵巣刺激前にプロゲステロンを投与することは、有効性と安全性の向上のためにはおそらく推奨されません。(Conditional)
③ピル(エストロゲン・プロゲステロン合剤)を用いた前処置
ピル前処理(12~28日)を行ったGnRHアンタゴニストプロトコルでは、前処理なしの場合と比較して、生児出産/妊娠継続率が低くなりました(6件のRCT、OR 0.74、95%CI 0.58~0.95、1335人の女性)。OHSS発症率(2 RCT、OR 0.98、95%CI 0.28~3.40、女性642人)または回収卵子数(6 RCT、MD 0.44、95%CI -0.11~0.99)について差は認められませんでした(Farquharら. 2017)
低反応者のサブグループ(80人の女性)では、生児出産/妊娠継続率(1 RCT、OR 1.71、95%CI 0.61~4.79)または回収卵子数(1 RCT、MD 0.70、95%CI -0.11~1.51)に差は認めませんでした(Farquharら. 2017、Kimら. 2011)。
上記以外の2018年の140名の女性のRCTではGnRHアンタゴニストプロトコルでピル前処理(10日間)と前処理なしを比較し、臨床妊娠率(39.6%(21/53)vs. 34.3%(24/70))または成熟回収卵子数(10.55±3.38 vs. 10.40±4.38)に有意差はなく、OHSS発症リスクも変化しませんでした(Shahrokh Tehrani Nejadraら. 2018)。
ピル(エストロゲン・プロゲステロン合剤)を用いた前処置(12~28日)は、有効性が低下するため、GnRH拮抗薬プロトコルでは推奨されない。(Strong)
④GnRHアンタゴニストを用いた前処置
69人の正常ゴナドトロピン女性(PCOSやプアレスポンダーではない女性)を対象とした1つRCTでは、GnRHアンタゴニストによる前処置(遅延開始プロトコル)を通常のfixed GnRHアンタゴニストプロトコルと比較して、妊娠継続率(42% vs. 33%、95%CI -13-3)および回収卵子数(12.8±7.8 vs. 9.9±4.9)に差を認めませんでした。(Blockeelら.2011)
プアレスポンダー54人の女性に対してGnRHアンタゴニストによる前処置(遅延開始プロトコル)は、生児出産率(23.1% (6/26) vs. 25% (7/28) )や回収卵子数(5.2±4.0 vs. 5.4±4.7)に差がありませんでした(DiLuigiら. 2011)。
その他の報告ではプアレスポンダー(ボローニャ基準を満たした報告)では、2つのRCTから矛盾する結果となっています。160人のプアレスポンダー(ボローニャ基準を満たした報告)を対象とした1つの小規模RCTでは、ピルとエストラジオールで調製後より遅延開始プロトコルを行なったGnRHアンタゴニストプロトコルの方が臨床妊娠率(30%(24/80)vs. 10%(8/80))と回収卵子数(4.3±2.5 v s. 2.4±2.1)が有意に高かったことが報告されています(Magedら. 2015)。 60人のプアレスポンダー(ボローニャ基準を満たした報告)を含む最近のRCTでは、遅延開始プロトコルを行なったGnRHアンタゴニストプロトコルと通常プロトコルでは、臨床妊娠率(13.3%(4/30) vs. 3.3%(1/30))または回収卵子数(3.63±3.02 vs. 5.06±4.37)に有意差は認められませんでした(Aflatoonianら、2017)。
ゴナドトロピンプロトコルでの卵巣刺激前のGnRHアンタゴニスト前処理は、おそらく推奨されません。(Conditional)
(私見)
私も以前勤務していたクリニックでエストロゲン前処置は行っていたことがあります。2013-2014年当時はおこなっていた時期もありますが、最近ではめっきり行わなくなりました。たしかにスケジュール調整では用いることは今でもありますが、①発育卵胞の発育スピードの同期化、②早発発育卵胞や早期LHサージの予防に関してはランダムスタートやPPOSなど新しい概念が多々出てきておりますので、前処置を行うよりは刺激法を検討する方向に移行してきています。
文責:川井清考(院長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。