生化学的妊娠(化学流産)とは何ですか?(当院のデータをふまえて)
①妊娠反応で見ているもの
妊娠反応で見ているのは、hCG(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン)になります。妊娠していないときは女性の身体からは分泌されていません。妊娠するとhCGは子宮内膜と受精卵の接着・浸潤部位から血液に循環し、尿へ排泄されます。これを血液検査や尿検査で見ているのです。
不妊治療でhCG注射やオビドレル注射(rhCG)を投薬した場合は一時的にhCG値が陽性になるので注意をなさってください。通常投与後7-10日では陰性になることが多いです。
②hCG分泌後の臨床妊娠までの状態
妊娠をするとhCGはゼロから徐々に上昇してきます。血液検査や尿中検査でhCGをとらえる「生化学的妊娠段階(biochemical phase)」を通過し、その後、時間の経過と共に超音波で妊娠(胎嚢)を確認できる状態(clinical phase)に到達していきます。
「生化学的妊娠段階」は、血液検査でhCGが少しでも分泌されれば陽性であることを確認できますし、尿中では30-50mIU/ml で陽性となります。超音波で妊娠(胎嚢)を確認できる状態は、通常hCG > 2000 mIU/mlと言われています。「生化学的妊娠(化学流産)」とは月経が来ない段階で血液検査や尿検査を実施しhCG分泌を確認したけれど、その後、超音波で胎嚢が確認できない状態をいいます。
当院でのデータですが、胚盤胞を2w5dで移植し、3w5dに血中のhCGで妊娠判定を行った場合、その際の血中hCG値から胎嚢まで到達する割合を示します。
③「生化学的妊娠(化学流産)は本当の妊娠ですか?」
定義の違いであり受精卵が子宮内にくっつき細胞同士でのコミュニケーションを取っているのは間違いありません。ただ、現在の日本では妊娠回数などは胎嚢が確認できた臨床妊娠を指すことが多いので、問診票などの妊娠回数を記載する際には生化学的妊娠を除いて書くことが一般的です。生化学的妊娠は不妊治療を行う私たちにとっては有益な情報です。なぜなら卵子が排卵し、卵管内で精子を受精し、胚発育をおこない子宮付属器のどこかにくっついていることまでは証明してくれるからです。
古い論文ではありますが、生化学妊娠の頻度は22%程度あり、その患者の95%が その後臨床妊娠にいたったという報告もあります(Wilcox AJら 1988)。
④生化学的妊娠の場合、どのような理由が考えらえるのでしょうか。
一番は受精卵の質だと考えています。染色体異常などがあると生化学妊娠が多いことがわかっています。年齢の上昇とともに生化学的妊娠の割合も増えていくことになります。
生化学的妊娠状態が継続し胎嚢が見えて来ない場合は、まず子宮外妊娠ではないのかと疑います。子宮内膜以外へ着床した場合はhCGもゆっくり上昇していくため、超音波を使い問題がないか確認します。その他に受精卵と子宮内膜のクロストークがうまくいかない場合も生化学的妊娠になります。子宮筋腫、ポリープ、子宮内癒着、慢性の子宮内膜の炎症など妊娠初期の着床に悪影響を及ぼす可能性があります。その他にも免疫学的に着床が拒まれている可能性があります。受精卵の半分はパートナーの細胞で構成されていますから、母親の免疫システムが受精卵を「異物組織」として認識した場合、拒絶反応を起こしている可能性があります。複雑な状況なので、TH1/TH2検査など複数の検査がありますが、ガイドラインに記載されるような確立した検査方法はありません
⑤最後に
生化学的妊娠の実際の割合は分かっていません。なぜなら、子供が欲しいと思っていない場合、通常はただの月経不順と思われて検査をされていないことが数多くあると思われているからです。したがって、子供が欲しいと思って初めて生化学妊娠を意識するようになるのです。
ブログやネットなどで引用される色々な論文を拾い出してみました。古い論文で生化学妊的娠率は7-30%程度とされています。ただ、流産率の割合をみると対象が30歳前後の健康女性を対象としたデータになりますので、現在の不妊治療で悩まれている患者の参考にはならないかもしれません。
妊娠を認識した数 | 生化学妊娠数 | 生化学妊娠率 | 臨床妊娠数 | 流産数 | 流産率 | |
Wilcoxら 1988 | 197 | 43 | 21.8% | 154 | 18 | 11.7% |
Whittakerら 1983 | 92 | 7 | 7.6% | 85 | 11 | 12.9% |
Millerら 1980 | 152 | 50 | 32.9% | 102 | 14 | 13.7% |
当院でのデータですが、胚盤胞を2w5dで移植し、3w5dに血中のhCGで妊娠判定を行った場合、5 mIU/mlで臨床妊娠までたどり着かない割合は37歳平均で10%前後です。今後年齢別にもしっかり評価を行なっていく予定です。
文責:川井(院長)
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