PCOS患者の周産期予後(アメリカ910万妊婦のビックデータ解析)(論文報告)
排卵障害の多くを占める多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のアメリカでの周産期予後に対する報告です。PCOSは、妊娠糖尿病(GDM)、妊娠高血圧症候群(HDP)および子癇前症(PEC)のリスク因子であると考えられています。年間700万人以上の入院患者のHealthcare Cost and Utilization Project-Nationwide Inpatient Sample (HCUP-NIS)データベースを使用してPCOSの有無によって910万人の妊婦の感染症を含む分娩関連の周産期予後を評価しています。
Ginevra Mills ら、Hum Reprod. 2020 DOI: 10.1093/humrep/deaa144.
≪論文紹介≫
2004年から2014年までの11年間にわたるHealthcare Cost and Utilization Project-Nationwide Inpatient Sample(HCUP-NIS)のデータを利用した後ろ向きコホート研究です。PCOS妊婦(14,882人)と、非PCOS妊婦(9,081,906人)のデータを用いて、周産期予後・新生児予後・母体合併症を調査しました。すべての交絡因子(年齢・人種・収入・保険種類・病院・肥満・喫煙・体外受精・既往帝王切開・高血圧・糖尿病・甲状腺疾患など)を調整した後、PCOS妊婦は37週未満でおこる早期前期破水(aOR 1.48、95%CI 1.20-1.83)、早産(aOR 1.37 95%CI 1.24-1.53)、常位胎盤早期剥離(aOR 1.63、95%CI 1.30-2.05)のリスク増加があり、帝王切開となる割合が高い傾向にありました(aOR 1.50、95%CI 1.40-1.61)。PCOS妊婦は、絨毛膜羊膜炎(aOR 1.58、95%CI 1.34-1.86)と母体感染症(aOR 1.58、95%CI 1.36-1.84)に罹患するリスクが高くなっていました。多胎妊娠を除いて、在胎期間相当の体格よりかなり小さく生まれた新生児(SGA児)を出産した女性の割合、子宮内胎児死亡(IUFD)の割合ともに差がありませんでした。しかし、先天性異常児がPCOS妊婦からの出産される割合が増加しました(aOR 1.89、95%CI 1.51-2.38、P < 0.001)。
PCOSを持つ女性は、周産期合併症を経験する可能性が高くなっていることが判明しました。
≪私見≫
この論文はPCOSを帝王切開・感染症・早期前期破水の独立した危険因子として評価した最大規模の報告です。アメリカ保健社会福祉省が資金提供しているHealthcare Cost and Utilization Project(HCUP) の一環として構築・公開されているデータベース(Nationwide Inpatient Sample(NIS))を用いています。
PCOS妊婦では帝王切開の割合が50%増加、感染症リスクが44%増加、常位胎盤早期剥離が60%増加しています。ただ、以前から報告されていた誘発分娩の増加、SGA児の増加は認められませんでした。先天異常児のリスクは糖尿病などの高血糖状態に依存する可能性が高いと考えられており、その他の原因は明確ではありません。
日本は独自のPCOS診断基準があり、こちらを満たす患者様が、当院を初診で受診される方の約15%程度いらっしゃいます。今回の論文のPCOS妊婦(BMI 30以上の肥満 22.3%、高血圧 8.4%、糖尿病 4.1%、甲状腺疾患 12.6%)は日本のPCOS患者(当院の場合 BMI 25以上のPCOS患者は16%程度)に比べて合併症を持っている割合が高いので周産期予後も異なった結果になる可能性も十分考えられます。また、米国での医療基準をもちいた報告なので帝王切開の適応の違いもあると思います。
ただ、この論文でも何度も書かれていましたが、PCOS患者には事前の正しい情報提供を行い、少しでも合併症がない状態で妊娠に挑めるよう努めることが何よりも大事なんだと感じます。
文責:川井(院長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。